HappyBirthday






「おい!」


執務の間の短い休憩時。
それを見計らったように、ひょっこりとシンがカイの執務室に姿を現した。


「シン! 一体どうしたのですか、窓から…!」


執務室は城の中核にある。
当然窓から姿を現すには、手摺りや足場のない壁を上ってくるしかない。
そんなことせずとも、シンならば正面から堂々と入って来られるものを。
目を丸くするカイの顔前に、さらに驚くべき物が突き出された。


「ほら」


「え?」


シンが持ってきたもの。
それは。


「綺麗ですね…」


一輪の秋桜だった。
薄い紅色の花びらの中心に、黄色い花粉が付いている。


「城下の花屋のオヤジが、店一番の花だってよ」


「もしかして、シン、これをわざわざ…」


「ちげぇよ。母さんのために買ったら、一輪余ったんだ」


一輪だけ都合良く花が余るなど、あるはずがない。
わざわざ買い求めてくれたことが、さすがのカイにも分かった。
だが、むすっと口をへの字に曲げているシンに問いただそうものなら、たちまち彼は機嫌を損ねてしまう。


――――都合の悪いときは口を閉ざす、というところは、悲しいくらいにソルの影響だな。


苦笑が彼の目に触れぬよう、口元に手を当てながら、カイはすべての疑問を捨て、素直にシンに頭を下げた。


「ありがとうございます。さっそく飾らせていただきますね」


「べつに。言っとくが、本当に余ったやつなんだからな!」


「はい。分かっています」


カイは近くにあった一輪挿しを手に取ると、大切そうにそっと秋桜を挿す。
日の光を浴びた花弁は、なるほど、花屋店主の勧めるだけの可憐さはある。
だが何より、シンがくれたもの、という点がカイに多大な喜びをもたらした。


「こんな素敵なプレゼントをいただけるなんて。これで仕事がはかどりますね」


「大げさだな」


シンはそういって肩をすくめてみせたが、その表情はどこか得意気だった。


「じゃーな!」


「ええ、ではまた」


シンは来たとき同様、窓の外の道を選択して帰っていった。
彼が姿を現してから戻っていくのに、10分とかからなかった。





――――ああ、そうか。


一日の仕事を終えたカイは、その時になってようやくシンの意図に気が付いた。


――――そうだ。今日は私の……。


仕事で祝うどころではなかったので、自分自身忘れていた。
それをあの子が覚えていて、しかもプレゼントまで用意してくれたのが、カイには感動だった。


「それにしても、よく私の誕生日を知っていたものだ」


感心して、私室のドアに手を掛けようとして。


「!」


気が付いた。
中にいる気配に。
不法侵入のくせに、気配を消すつもりは毛頭ないらしい。
それが彼らしいといえば、彼らしかった。


――――そうか、こいつが……。


何も言わないが、いつものぶっきらぼうな態度とは裏腹に、意外とマメな性分である彼に、カイは思わず笑みをこぼした。
わざわざこの日に訪れてくれるのだから。
きっとこの扉を開ければ、彼のことだ。


「遅ぇ」


とか何とか言って、それでもやっぱり優しく迎えてくれて……。


「おい」


「!?」


いつの間にか、ぼんやりとドアの前で物思いに沈んでいたらしい。
中からの不機嫌な声にはっとした。
と同時に、笑いがこみあげた。


「ああ、行くよ」


彼は何も言わない。
きっと、「おめでとう」の一言もないだろう。
けれどその分、カイを気遣う気持ちはとても感じる。
自分は愛されているのかもしれないと。
そう思わせてくれる相手が待っているドアの向こうへと、カイは消えていった。











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