銀杏並木
「まったく、お前という奴は……」
深いため息を吐きながら、心底呆れ返ったようにカイが首を振った。
「何でわざわざ、私をこんな郊外に呼び付ける必要があったんだ」
とりあえず、頭痛がひどいので、こめかみをぐりぐりと揉む。ついでのように、胃も痛んできた。
ことの発端は、昼前にまでさかのぼる。
賞金首と賞金稼ぎが町外れで派手に暴れている。
あまりにひどい争いだったので、賞金稼ぎの身柄も拘束した。
警察機構の駐在がその賞金稼ぎの身元を改めようとしたら、その賞金稼ぎが言った。
「警察機構長官のカイ=キスクに連絡を取れ」
そんなわけで、カイは仕事を抜けて、遥々巴里郊外の小さな駐在所まで賞金稼ぎ――ソルを引き取りにやってきていたのだ。
カイが駐在所に顔を出すと、恐縮しきった若い駐在と、態度悪くどっかり構えたソルがいて、あまりに想像通りの彼の姿に、カイはため息を吐くのさえ忘れた。
カイが身元を引き受けると、ソルはあっさり解放された。
「お前が追っていた賞金首は、お前が暴れなければならないほど手強い相手ではなかっただろう? 一体何があったんだ?」
やれやれ、と言った感じで呆れ果てていたカイだったが、さすがにソルが理由もなく暴れたりする男でないことは、分かっている。
「お前が大人しく捕まるはずもないからな」
「……」
のっそりついてくるソルは、何も言わない。そういえば、迎えに行ったときからずっと黙り込んだままだ。
都合の悪い理由でもあるのだろうか。
何を隠しているのかと大いに気になるものの、こうなったらソルは絶対口を割らない。
カイは肩をすくめて、再び視線を前に戻す。
「あ…」
呆れをいったん解いてみると、一気に視界が開けた。
「――――っ」
目の前が黄色で覆われる。
目が覚めるほど鮮やかな銀杏並木が、カイたちが歩いている公園の遊歩道に沿って続いていた。
腕を回してもなお余る太さの幹に、すっと天に伸びた枝、その先には扇形の葉が空を侵食する勢いで、たくさん風に揺れている。
目線を落とすと、今度は枝を離れて自然の原理に従った葉たちが、一面金色のじゅうたんを描いており、踏みしめるのがもったいなく感じられた。
「綺麗だな」
秋だけに許された光景を前に、思わず感嘆のため息が漏れる。
陽は南中を過ぎ、陽気は穏やか。少し冷たいと感じるくらいの風は、秋の気配とともに銀杏の実独特の匂いも運んできた。
執務室の窓からも紅葉した木は見られるが、実際目にするのにはどうやっても勝てない。
「良い季節だな」
立ち止まって、公園内の秋を満喫していたカイは、ふととあることに気が付いた。
――――もしかして、これを見せるために?
この公園は、駐在所からの帰り道として、かならず通る道だ。
デスクワークの多いカイを気遣って、わざとこんなところまで呼び出したのだろうか。
だとしたら、ソルの行動も無言でいることにも納得できる。
確証はないのに、めんどくせえなと舌打ちするソルの顔が浮かんだ。
「ふふっ」
自分でも知らない間に吹き出してしまうと、凶悪な目付きでじろりとソルが睨んできた。
だが今は、少しも迫力がなかった。
「今日はおとなしくうちへ泊まってもらうぞ。お前は今、一応私の保護下にあるのだから」
不思議なことに、この二人の間には、奇妙な法則がある。
カイが機嫌を良くすると、それと反比例してソルの眉間のしわが増えるのだ。
むっつりとした表情のソルは、実に愉快だった。
「夕食くらい、出してやるから」
すっかりご満悦のカイは、完全に油断していた。
「……デザートが付くなら行っても良いぜ」
「デザート? あ、まぁ、構わないが」
それにしても、ソルはいつから甘党になったのだろう?
素直に首を傾げるカイ。
まさかその「デザート」が自分だとは、このときの彼女は気付きもしなかったのだっだ。