休息の時間
「うん…?」
何か、近くにいるのは分かった。
ただ、分かったからといって顔は上げられなかった。
何故か頭が重い。
顔を上げなきゃと思いつつも、体が言うことを聞かなかったのだ。
そっと頭に手のひらが乗った。
暖かくて、どこまでも優しい。
この大きな手は、誰のものだろう。
あまりうまく働いてくれない頭で、カイはぼんやりと考えていた。
誰だろう。
誰だろう。
…答えは見つからなかった。
だが、胸に広がる安心感は紛れもない。
頭を撫でる手が、ゆっくりと離れていく時になって、ようやくカイの体が言うことを聞いた。
「ん…? あれ…」
まだ朦朧とする意識のなかでも、目の前にいる人物が誰なのか、すぐに分かった。
「おい」
その人物――ソルがいつもと変わらぬ不機嫌そうな声でカイを呼ぶ。
「お前、いつから…」
気配すら感じさせず近寄ってきた侵入者にこの家の主人は訝しげに眉を寄せたが、相手は全くその質問には答えなかった。
代わりに伸ばした腕で、カイの細身を抱き上げる。
「なっ…!?」
目を見張る彼女を尻目に、ソルはすたすたと歩いていく。
「ちょっ…何だ?」
すっかり目が覚めた頃には、まるで荷物のようにベッドの上に転がされていた。
「わ、な、何だ何だ!?」
戸惑うカイの上には何枚も毛布やら布団やらが降ってきた。
窒息しそうになって慌てて顔を出すと、憮然としたソルがいた。
「てめえ…」
起き上がろうとするカイの肩を抑えつけるソルは、いつもより数割増しで機嫌が悪かった。
怒られる意味の分からないカイは、じたばたともがく。
「放せ! 私はまだ仕事が残っているんだ!」
「居眠りしていた奴が、何言ってやがる」
「うっ…」
痛いところを衝かれ、思わず言葉に詰まるカイ。
その隙を見逃さず、さらにソルは畳み掛ける。
「ろくに寝てなくて、普通の仕事ができるのか」
「そ、それは…」
「休める時には休め。万事に備えるためにも、必要なことじゃねえのか」
「……」
全くその通りである。
怖いくらい真剣な眼差しは、カイの体調を気遣っていることへの裏返しだった。
彼女がそれと気付くまでに、それほど時間は掛からなかった。
「お前…。その、すまなかった…」
神妙にうなだれるカイ。
己の考えの浅さを指摘されたのだ。常識外れだと思っていた男に。
自責の念が浮かぶとともに、ソルが己の身を心配してくれているのだと思うと、カイの口元には自然笑みがこぼれる。
ソルはカイを心配している。
そのことが、しみじみと感じられたから…。
「ありがとう」
心からの謝礼のつもりだったのだが、それがこそばゆかったのだろう。
何を思ったか、ソルはカイの上にのしかかった。
「わっ! な、何のつもりだ」
「うるせぇ」
「ば、馬鹿! こら! 放せ!」
派手に抵抗するカイだが、力でソルにかなうはずもない。
そのままずるずると成り行きに流されていってしまう。
「お、お前がさっき、休めといったんだぞ!? おいこら! ちゃんと聞け!」
カイの叫びは虚しさを伴い、部屋中に響き渡った。
……これが、ソルなりの照れ隠しなのだということにカイが気付くのは、もう少しあとの話。