堕ちた夜






「う・・・ん・・・」


 自分の傍らで寝返りを打つカイを、ソルはぼんやりと見つめていた。
 人類絶望の危機を救った元聖騎士団団長にして、警察機構長官を経て、今はイリュリア連王国の国王――――カイを説明するには、鬱陶しげな役職名が様々とつく。


 だが今は。
 自分につけられた鎧を取り去って、安らかにソルの腕の中で眠っている彼女は、ただの一人の女性だった。
 人々の尊敬と畏敬の眼差しを受ける、表向きの仮面はない。


「・・・・・・」


 ソルは、カイの額にかかった金糸の前髪をそっと梳く。
 さらりとした感触は、なぜかひどく彼女を庇護したいという気持ちを呼び起こした。


 本当は女でありながら、男として振る舞う彼女。
 双子の弟の身代わりを務めている彼女は、弟が亡くなってなお、本来の女性に戻ることは許されない。


 双子の片割れが残した妻子を守ってゆくために。
 イリュリア連王国という多くの人々を導いてゆくために。


 それを初めて知ったとき、この女は何と愚かな存在なのかと思った。
 自分の意思とは関係なく、周りの思惑の中で生き続けることを強いられた彼女。
 

 だがカイ自身には、悲観も諦観もない。
 それが唯一自分のやるべきことだと、信じて疑わないのだ。
 あまりにもまっすぐに前を見つめている。
 

 そんな彼女を見て、愚かしい――――そう思ったのと同時に、ソルはそれとは別の感情を抱いていた。


「馬鹿が」


 小さくそう呟いて、カイを抱き寄せる。
 多くの希望を抱えているとは思えぬ細身は、あっさりとソルの腕の中に収まっている。
 愛しているとか、愛おしいとか、そんな言葉はソルの中には存在していない。


 ただ、奪いたいと。


 それだけが彼の中に存在していた。


「ん・・・」


 重ねた唇からは、何の抵抗もない。


「あ、れ・・・? ソル?」


 ぼんやりと目を開けたカイだったが、今だ覚醒には至らず、ソルにされるがまま唇を奪われる。


「どうしたんだ・・・?」


「何でもねえ。黙ってろ」


「あっ・・・おい・・・!」


「るせぇ」


 再び始まろうとする情事に、さすがにカイは恥じらうように身じろぎしたが、ソルにはそれは関係ない。
 カイの身に手を這わせる。
 真っ白い肌。
 それを今まで誰にも触れさせたことがないということは、初めて彼女を抱いたときに知った。


 自分だけが知る彼女。
 自分だけに許された行為。
 優越感がソルの理性の箍を外す。


「ソル・・・」


 熱っぽい甘い声と、潤んだカイの視線がソルを誘った。
 本人は無自覚であるのが、彼女らしいといえば彼女らしい。


「たっぷり啼けよ」


「なっ、ば、馬鹿、っ!」


 初めは交換条件としてこのような関係になったことを、カイは覚えているだろうか。
 そこに愛情があったのかは分からない。
 彼女がどう思い、この関係を受け入れているのかを訊いたこともなかった。


 ――――だが。


「う・・・あっ・・・ソル・・・!」


 自分の首に巻きついた白い腕が、さらなる行為を促している。
 それだけで、隠し事のできぬ正直な彼女の答えは出ているような気がした。


「・・・くっ」


 思わず笑みがこぼれたことに、自分の答えもすでに出ていることを知る。
 相当な重症であるらしい自分に苦笑しながら、ソルは求められるまま、求めるまま、カイとの甘い渦の中に堕ちていった。






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