スカート
「・・・言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいだろう」
家の中で待っていたカイは、彼女を奇異なものでも見るソルの視線に、憮然と言い放った。
「似合わないことは、私にも分かっている」
どこか投げやりに言い捨てる。
「だが、仕方ないだろう。ベルナルドとの約束でな。こんなことなら、チェスの勝負など受けるのではなかった」
「・・・・・・」
「ベルナルドといったら、何故こういうときだけ妙な力を発揮するのか・・・しかも、こんなものまで用意していたなんて」
「・・・・・・」
「見事に負けて、このざまだ。スカートなど、はく羽目になるとは」
「・・・・・・」
「・・・ええい! いい加減何とか言ったらどうだ!」
カイは、部屋に入ってきてから何も言わないソルに言葉を投げた。ほとんど八つ当たりに近い。
思い返しても、ため息しか出てこない。
改めてカイは今日のお昼休みのことを思い出した。
「珍しい茶葉が手に入ったのですが」
確か、そんな切り出し方だったと思う。
「それをかけて、私と勝負してみませんか?」
今考えれば、妙に挑戦的な執事の様子に気が付くべきだったのだ。
だが、普段チェスでは負けたことはなかったベルナルド相手に勝負するのも良いか、と簡単に了承してしまった。己の慢心のいたるところである。
「では、私が勝ちましたら・・・」
ベルナルドが出した条件が、即ち今のカイの姿だった。
ひらひらした裾が、可愛らしいと言えば可愛らしい。
もしベルナルドが勝ったら、一週間、家にいる間はスカート姿で過ごせ。
負けるとは思っていなかったのが、最大の間違いだった。
後悔しても、もう遅いが。
執事がひそかに用意していたのは、膝丈のフレアスカートだ。
生地は良いし、デザインも悪くない。サイズはなぜか寸分の狂いもない。
家の中だけではくのには勿体無かった。
とはいえ、外出時にはけるわけもないが。
「・・・何だ、さっきからじろじろと」
ソルはつぶさにカイのスカート姿を観察している。
そして時々納得するように何度かうなずく。
カイは怪訝な顔をしながらソルの様子をうかがった。
「まるで珍獣でも眺めるような目で見るのはやめろ」
「誰も約束を守っているか証明しねえのに、律儀なこった」
「約束は約束だ」
ベルナルドが見ているわけではないのだから、無視しても良かったのかもしれないが、カイにはそれができない。
約束は約束。
勝負を受け入れた以上、それが当然というものだ。
「それにしても、お前はタイミング良く現れたな。ここずっとこなかっただろう」
何気ないカイの一言に、ソルはにやりと笑って見せた。
「まあな」
「? ・・・まあ、いいが」
ソルの笑みの裏には何やら理由が隠れているような気がしたが、そこまではカイには図りかねた。
「それにしても、どうしてベルナルドは私のウエストのサイズが分かったのだろう・・・」
普段は体形を隠すためにさらしを巻いている。見た目では絶対に推し測れないはずだ。
しきりに首をひねるカイを、ソルはただ面白そうに眺めている。
「考えても詮無いことばかりだ。仕方ない。夕飯の用意でもしよう」
結局答えを見つけられないまま、カイはキッチンに向かった。
割り切れぬものを感じつつも、スカートの裾を揺らしながら食事の用意をし始めたカイを横目で見つつ、ソルはポケットにねじ込まれていた紙切れを取り出した。
何やら商品名と値段が書かれている。
それをくしゃくしゃと丸めた後、ゴミ箱へ投げ入れた。
後はそ知らぬ顔で、夕飯の支度が済むのを待っている。
まさか、執事と彼が結託していたなどと、カイには想像もつかないだろう。
自分で選んだ品を眺めつつ、ふとソルは口元を歪めた。
――――数日後、偶然にもゴミ箱から発見された一枚の紙切れをめぐり、カイはソルとベルナルドを巻き込んで、ひと悶着起こすのだが、それはまた別の話。