ロボカイ







 ある晴れた昼下がり、白い清潔感あふれた礼服の裾を翻し、颯爽と巴里の大通りから少し外れた裏道を歩く人物がいた。
 否、「人」というのは適切ではない。
「今日モワシノコトヲ見ツメル♀ノ視線ガ痛イ」
 などと人もいない裏道で浸っているのは、衣装こそ元聖騎士団長と同じだが、中身は似ても似つかぬ機械――――ロボカイだった。
「フッフッフ・・・。今日コソ憎キおりじなる、かいヲ打チノメシテヤル!」
 意気揚々と歩いていく彼の先には、大きな広場があった。
 彼の自称優秀な情報収集機能により、カイは今広場で見回りの休憩をとっていることが分かっている。
 「休憩」という、思わず気を抜いているところを、どかっと襲い、のしてしまおうというのだ。
「サスガワシ! ワシノ完璧ナ計画ニ狂イハナイノダ!」
 己の優秀さに笑いの止まらぬまま広場に着いたロボカイは、果たして目的の人物を見つけた。
 いつもながら憎らしいほど輝きを放っている。だが、こちらに気が付いた雰囲気はない。
 そっと背後に忍び寄り、偽封雷剣を握り締める。
 コレデおりじなるモ終ワリヨ!
 一気に距離を詰めて襲い掛かろうと、ロボカイの身が前のめりになった。
 ――――が、彼の足はそれ以上前には出なかった。
「ド、ドウイウコトダ!?」
 ロボカイは、己の優秀な機能がはじき出した結果に愕然としていた。
「ワ、ワシノ『イイ女せんさー』ガかいニ反応シタダト!?」
 ありえない。
 ロボカイは己のセンサーを疑った。
 このような結果をはじき出すなど、センサーが壊れているとしか思えない。
 疑念を振り払うため、ロボカイは剣を握り直し、カイに襲い掛かろうとした。
 ――――が。
「ナ、名瀬ダ!? 足ガ動カナイ!」
 その意思に反して、彼の足は微塵も前に出ない。そうすることで、まるで己の機能を証明しているようだ。
「冗談ジャナイ! 何故ワシガかいナドニ懸想セネバナラン!!」
 声にこそ出なかったが、心の中でロボカイは激しく悪態をついた。
「大体、アンナ奴ノドコガ・・・グアッ!!」
 ロボカイは思わずのけぞった。
 センサーが新しく出した結果に、思わず絶句した。
「シ、シカモ、バッチリワシノ理想ノたいぷダト!!? 馬鹿ナ!!」
 否定しながらも、ロボカイは発光体をカイに向ける。
「アンナ奴ノドコガ・・・」
 どきどき。
「アレハ男ダゾ・・・?」
 どきどきどき。
「アンナ気障デ嫌味デ格好付ケデ女タラシデロクデナシデ無駄ニマブシクテ・・・」
 どきどきどきどきどき。
「・・・・・・・・・・・・」
 どきどきどきどきどきどきどきどき・・・・・・。
「エエイッ、ヤカマシイ!! ワシノ心臓! 恋スル♀ノヨウニ鼓動ガ速クナルンジャナイ!!!」
 自分で言っておきながら、ロボカイは自分の言葉のある単語にはっとした。
「恋・・・?」
 呟いてみて、ちがう、と首を振る。
 だが、その意思とは反して、鼓動はますます速くなる。
 しばしその葛藤に考え込む。
 しばらくの間があいて顔を上げた彼は、どこかうっとりとしたようにぽつりと言った。
「コレガ恋、ナノカ・・・?」
 そうなのかもしれない。
 もしかしたら、恋の病にかかってしまったのかもしれない。
 今まで嫌いだった奴に、ふとした瞬間感情が反転して、愛情が芽生える。
 ありえないことではない。
 世にあふれた恋愛小説にだって、取り上げられている設定だ。
 そうか。
 そういうことか。
 一瞬納得しかけたロボカイだったが、次の瞬間、千切れそうなほど首を振っていた。
「マサカ! アイツハ男ナノダゾ!?」
 決定的事項だった。
 その一点のみで、ロボカイは自分のセンサーを否定し続ける。
 その反面、自分の変化も認めざるを得ない。
 己の機能を信じ、男を好きになったと認めるか。
 己の誇りをかけ、この感情を綺麗に捨て去るか。
 ロボカイの前には大きな二つの選択肢が現れた。
「ワ、ワシハ・・・ワシハ・・・」
 後もう少しで何もかも認めそうになったとき、彼の足は前へ動いていた。
「か、かい!! カ、覚悟――――!!!」
「!? ――――何だ!?」
 結局大きな一歩を踏み出すことのできなかったロボカイは、思い余ってカイに襲い掛かっていた。
 不意打ちであったのにもかかわらず、カイの対応は冷静だった。
 不快感をあらわにした顔をロボカイに向けると、傍らにあった本物の封雷剣を抜いた。
「ライジング・フォース!!」
 無駄な所作は一切ない。
 カイはその一振りで、あっさりと暴漢を打ちのめしていた。そして、
「全く、おちおち休憩もできないな!」
 そう言い捨てると、珍しく荒い足取りで去っていった。
「・・・・・・」
 その後姿を、ロボカイは薄れゆく意識の中で見つめていた。
 その表情がどこか恍惚な色を浮かべていたことに、カイは勿論、当の本人さえ気づいていないのだった。


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