ラプンツェル
昔々、あるところに一人の男がいました。
名前をザトーといいます。
彼は今、天にも届きそうなほど高い塔の前にやってきていました。
部下の話では、この上に絶世の美女がいるとのこと。
金髪碧眼の、大胆に覗く太ももが魅力的な女性だそうです。
「とりあえず、しばらくそこにいるヨロシ」
どんな理由かは知りませんが、叔母によってそこに追いやられ、高い塔には梯子も階段もエレベータもありませんので、当然地上に降りるすべもなく、ずっとそこに閉じ込められているようでした。
これはもう、その人を助けてあげに行くしかありません。
部下の静止も聞かぬまま、引きとめにかかる部下を足蹴にして、男は単身、ようやくここまでたどり着いたのです。
「ラプンツェル、ラプンツェル、私はお前を助けに来た者だ。どうかその長い髪を下ろしてくれまいか」
彼女の髪の毛のことはすでに調査済みです。
以前、その長い髪の毛を登って、彼女の元まで辿りついた者がいるという話を耳に入れていた男は、当然のように彼女に髪の毛を下ろすようにと要求したのでした。
塔の先は雲に隠れて全然見えません。
しかし、はっきりと答えが返ってきました。
「・・・分かったわ」
落ち着いた低めの声です。声だけでもラプンツェルの色香が伝わってきました。
返事とともに、するすると金色の髪の毛が下りてきました。
しめたとばかりにそれを握った男は、いきなり彼女の洗礼を受けました。
「ぐはっ!」
まるで髪の毛が生きているかのように、毛先が男のみぞおちを捕らえたのです。
悶絶する男の耳に、ラプンツェルの声が聞こえました。
「そんな風にしたら髪が痛むわ。・・・仕方がないわね」
髪の毛はするすると男の足首に巻きつきました。
何が起こるのかと首をひねった瞬間、
「うわっ!」
男は逆さ吊りになっていました。
足首に巻きついた髪の毛が、男を引っ張りあげているのです。
頭に血が上り、少しだけ天上の世界が見えた頃、ようやく塔の頂上につきました。
そこには聞いていた通りの美女がいました。
「私に何の用?」
ラプンツェルの問いに、男は単刀直入に答えました。
「私のもとに来い」
「それってプロポーズと受け取っていいのかしら?」
「ああ、そうだ」
男は大きくうなずいて、胸元から金色のカードを取り出しました。
「我が組織の力をもってすれば、お前に不自由な生活はさせない。何でも望むがままの生活を約束しよう」
「そう・・・」
ラプンツェルはさりげなく男の手元からゴールドカードを取り、しげしげと眺めました。偽造かと思いきや、紛れもなく本物のようです。
「どうだ?」
しばし考え込んでいた様子のラプンツェルでしたが、
「いいわ」
ゆっくりとうなずきました。
「あなたの気持ちは、ありがたく受け取るわ」
「そうか!」
ぱあっと気色が明るくなった男の横で、何故かラプンツェルは大きく髪の毛を広げました。
浮かれていた男が怪訝な表情を浮かべたときには、彼女の髪の毛は翼をかたどっていました。
どうしたのかと疑問を抱く男の視線の先で、ラプンツェルは迷いもなく塔の外へと飛び出しました。
「なっ!」
落ちる! と思ったのも束の間。
予想を遥かに超えて、彼女の体は髪の毛の翼のおかげで、落ちることはありませんでした。
ほっとした男でしたが、ふと首を傾げます。
「お前、飛べたのならば、ここから降りられるのではないか?」
「ええ、そうよ」
あっさりとラプンツェルは言いました。
「では話は早い。早速・・・」
そこまで言いかけて、ようやく男は違和感に気がつきました。
「待て。お前は降りられるとして、私はどうやって降りればいい? お前が降ろしてくれるのだろう?」
「残念ね」
ふう、とラプンツェルはため息をつきました。
「私、飛べない人に興味はないの」
「何!?」
「でも、あなたの気持ちだけは受け取っておくわ」
ラプンツェルの手には、ちゃっかりとゴールドカードが握られていました。
「それじゃあ」
「お、おい! 待ってくれ! 私をおいていかないでくれ!」
「これでラプンツェルも死んだわ」
「おーーーいっっ! ラプンツェ――――――ル!!!」
男の心の叫びは、いつまでもいつまでもこだましていました。
その後、男は禁呪を使い、寿命を縮める代わりに空を飛べるようになるのですが、それはまた、別のお話。