夕話
「あーあ。またやってる」
買い物帰りのメイは、一角先にいる二人組を見て、呆れたようにため息をついた。
「何の話です?」
「ほら、あの二人」
隣にいたディズィーが示されたほうを見ると、そこには言い争いをする二人組の姿があった。
一人は大柄の男。
赤いジャケットと長い黒茶の髪の毛、そして逞しい体が特徴だ。
もう一人は細身の美形。
警察機構の青いマントとさらりと流れる金髪、そして類まれな美貌が特徴である。
どちらも見知った顔だった。
「ああ、ソルさんとカイさんね。お二人とも何をしているんでしょう?」
「何って・・・見れば分かるでしょ」
声こそ聞こえてこないが、明らかに仲良く二人で散歩しているようには見えない。
「喧嘩・・・しているのでしょうか」
「いつものだよ」
メイは慣れた様子でひらひらと手を振った。
「本当に大丈夫なんでしょうか・・・」
ディズィーは心配そうに二人組に目を向けた。
* * *
心優しきお嬢さんの視線の先。
件の二人組は、正確には、言い争いなどしていなかった。
「何とか言ったらどうなんだ!」
「・・・・・・」
「ソル!」
「・・・・・・・・・」
青いほうが――――いやいや、カイが一方的に怒鳴り散らしているだけで。
ソルは何も言わない。
大通りから外れた、人気のない路地裏。
まさか見られていると走らないカイは、こんな街中でするにはふさわしくない台詞を、それでも割合押さえ気味に、口にした。
「あれほど痕は残すなと言っただろう」
顔ははっきりと羞恥に染まっている。
「痕」というのが何なのか、これ以上言わないでも察していただけると幸いである。
首の後ろ辺りを押さえながら、カイは噛み付かんばかりの勢いでまくし立てた。
「おかげで大変な恥をかいた! 相手がベルナルドだったからまだしも、他の者だったりしたら・・・いや、ベルナルドに見つかった時点で私は恥ずかし狂うかと思ったんだぞ!?」
「・・・・・・」
そんなこと承知済みだ、などと言ったら本当に倒れてしまいそうなので、黙っておく。
何を言ってもこの場合怒られることは必至だ。故にソルは沈黙を保っているのだが、カイにとってはそれで十分怒りの炎に薪をくべた上で油を注ぐようなもの。
「黙っていても、絶対に許さないんだからな!」
案の定、カイはソルの胸倉を掴んだ。
「お前のせいでっ! お前には分からないだろうな。ああ、そうだとも。お前は私を困らせて楽しんでいるんだろう。楽しいだろうとも。そりゃあ困ったからな! 本当に! おかげさまで!」
目が据わっている。疑いようもなく。
鬼神のような恐ろしい表情のカイにも、ソルは全く動じた様子はない。
「いい加減、何とか言ったらどうなんだ!」
凄い剣幕に、ようやくソルが重い口を開いた。
と言っても、先に出たのはため息たったが。
「・・・・・・何が悪い?」
「えっ」
語尾しか聞き取れなかったカイは、怒りも忘れてまじまじと相手を見つめた。
ちっ、と舌打ちしたあと、ソルは今度は聞き取れるように言った。
「俺のものだと主張して何が悪い?」
「!?」
一瞬カイの一切の思考が停止した。
まっさらな頭でソルの言葉を思い出して、先ほどとは比にならないほど顔を上気させた。湯気でも出そうなほど茹で上がっている。
「えっ、ええっ、ちょ、ちょっと待て。落ち着け」
「お前が落ち着け」
全くもってもっともなツッコミを入れた後、ソルはカイに背を向け、頭をかいた。
余計なことを言った。
その姿が、そんなふうに言っているようにも見え、思い余ったカイは大きな声で怒鳴っていた。
「馬鹿! そ、そんなこと、主張しなくても大丈夫だ!」
* * *
「あーあ。まだやっているよ」
頼まれた買い物を済ませて、再び先ほどの通りに戻ってきたメイは、まだいざこざを続けている二人組を見やり、たいそう呆れた表情を浮かべた。
ここからでも、先ほどは聞こえなかった声がかすかに聞こえてくる。何をしゃべっているのかまでは、さすがに分からなかったが。
ただ、カイが怒鳴っているのだけは良く分かった。
「あーあ。ホント、いつまで続けているつもりなんだろ」
「でも、喧嘩するほどって言いますし・・・」
「え? あの二人が? まさか!」
それはない、と大げさなほど手と首を振ったあと、突然メイは大きな声を上げた。
「あっ!! いけない! もうこんな時間。急がないと!」
「そうですね」
「あの二人に構っている暇なんてないよ!」
メイはよいしょ、と荷物を抱えなおした。そしてもう一度二人のほうに視線を送ってから、
「もう、あの二人は一生やっていればいいんだよ」
ディズィーと二人で、慌てて夕暮れ近い家路を急いだ。