白雪姫





 
昔々、あるところにがたいのいいお姫様がいました

 予想通り、その名をソルと言いました。
 よくもまあ、そんなドレスがあったものだと思わずにはいられないほどの、綺麗なドレスに身を包んでいます。
 姫を切望していた国王の意向で、男だろうが姫でした。
 愛想はない、口は悪い、不真面目、礼儀知らず、がに股で歩く、熊は素手で倒す、国中の誰よりも強い。
 姫を言葉で表すと大体このような結果でしたので、勿論嫁の貰い手なんてありません。まさかそんなと会いに来るものもいましたが、帰るときの速さといったらありません。
 案の定、その姿を気味悪がったものは数知れずでした。
 そんな状況を嘆いているかと思いきや、姫はといえば、
「ああ、めんどくせえ」
 と一言言った後、タバコをふかすので、これはもう救いようはありませんでした。
 そんなことが長年続いていたのですが、退屈すぎて姫はある日突然城を出ました。
 国王をはじめ、国の者はみんな安心しました。
 しかし、王妃だけはまだまだ不安でした。
「せっかく王妃の地位をしとめたのに、姫がいたらアタシの立場が危ういアル。紗夢様特製毒りんごを食わせてやるアル」
 そんなわけで、城を出た後の姫には常に危険が付きまといました。
 何やかんやで危機を免れてきた姫。
 しかし、その幸運も、ついに尽きてしまいました。
「だ、旦那〜」
 姫に家を乗っ取られていた小人が、悲壮な顔をして、手作りの棺桶を覗き込んでいました。

 執拗な王妃の追跡に、姫は毒りんごを食べてしまったのでした。
「毒に負けていられるか! なんて、あえて食べて死ぬなんて、ただの馬鹿だよ〜」
 姫の負けず嫌いは命がけでした。
 しかし、死んでしまっては何の意味もありません。
「うわーん、旦那ー! まだ借金返してもらっていないのにー。死んじゃ嫌だーっ!」
 小人は小人で色々事情があるみたいでした。
 と、そこへ一人の人物が通りかかりました。
「どうしました? 何か賑やかなようですけれど」
「えっ?」
 小人が顔を上げると、そこには身なりの良い若い人物が立っていました。
 この人物、実は隣の国の王子です。
 名前はカイといいます。
 王子は実は女の人なのですが、跡取りがいなかったので、王子ということになっていました。
 王子は修行中のために、この国へも来ていたのでした。
「これは・・・。どなたかがなくなられたのですか」
「はい、この国の姫が・・・」
「姫が!? そんな・・・」
 王子は姫の死を知ると、いたくがっかりしました。
「姫とはお知り合いで?」
「いえ、これから伺うところでした。何でも国で一番強い方ということで、手合わせをお願いしようと思っていたのです。そんな姫が死んでしまわれるなんて・・・」
 王子は肩を落としたまま、棺桶に近付いてきました。
「せめて、どんな方だったのか、お顔だけでも拝見させてください」
「それは構いませんが・・・ちょっと覚悟したほうが・・・」
「覚悟、ですか?」
「いえいえ、何でもありません」
 どうぞ、と言って、小人は棺桶の扉を開けます。
 王子は棺桶を覗き込みました。
「――――っ!」
 姫を見た王子は、思わず息を呑みました。
 目をつぶっていても全く可愛らしくない表情に、ありえないほどがたいが良く、国王の言いつけをちゃんと守って、やっぱりドレス姿でした。
 大抵の者は、この姿を見れば、恐ろしくなって逃げてしまいます。
 しかし、王子は違いました。
「な・・・なんてステキな方なんだっ・・・」
「え、えええっっ!?」
 思わず小人は大きな声を上げていました。
「こ、こんなこと言いたくないけど、王子はもしかして目が悪くていらっしゃるんで?」
「まさか。私の視力は両方とも2・0ですよ。ああ、この無表情、体格の良さ、微妙な気持ち悪さ・・・」
 うっとりとした目で、王子は姫を見つめます。ですが、すぐに悲しげな色がうかびました。
「どうしてこのような方がこんな目に・・・。私が一緒にいたら、こんなことにはならなかったのに」
 王子はすがるように小人を見ました。
「この方を救う方法はないのですか? 私はどんなことでもします」
「王子・・・」
 何だか不憫になってきた小人は、うーんと首と傾けてなにやら考え込みました。
 考えてみれば、ここで生き返ってもらわないと、借金が残ったままです。それを払ってもらうためにも、小人としても姫に生き返ってもらわねばならないのでした。
 そして、小人はようやく妙案を思いつきました。
「そういえば、聞いたことがあるよ!」
「何をすれば良いのですか?」
「簡単ですよ。王子が姫に口付けをすれば良いんです!」
「えっ、く、口付けですか・・・?」
 思いがけない方法に、王子は顔を赤らめました。
「そういう話があったんですよ。遠い国の話なんだけど、きっとうまくいくはず!」
「そ・・・そうですか」
 真っ赤になったまま王子は意を決したように、棺桶に顔を近付けました。
「がんばって!」
「あ、はい」
 これもいとしい姫のため。
 寝こみを襲うなんて褒められたことではないけれど、やらなければ。
 王子はそう自分を奮起しましたが、いかんせん、初めてのことに、やはりためらいが消えません。
「えと、その・・・」
 王子が躊躇っていると、何故か棺桶から手が伸びてきました。
「え? わ、わわわっ! わあああっ!」
「お、王子!」
 二人が取り乱しているあいだに、王子は棺桶の中に引きずり込まれてしまいました。それを確認すると、ばたんと棺桶の扉も閉まりました。
 棺桶の中からは、なにやらがたがたと言う物音と、王子の戸惑ったような声が聞こえてきました。
 しかしすぐに、その王子の声は艶っぽいものに変わりました。
 中は見えなくても、小人には大体の想像はつきます。
 とりあえず、姫が生き返ってことには間違いなさそうです。
「・・・・・・」
 賢い小人は、黙ってその場を立ち去りました。

 

 こうして姫と王子は、きっと幸せに暮らしました。



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