酸いも甘いも





「うーん・・・」
 自室の机の前でうなっているのは、この部屋の主、カイである。
 しかめっ面でうなり続ける彼女は、頭から湯気でも出そうな様子だ。
 何に悩んでいるのかは、いくらソルとはいえ、仕事に関することだ。口外してはならない。
 自分の後ろで退屈そうにしているソルに気付いていながらも、カイには目の前に迫った問題に対する処理のほうが優先事項だった。
「こっちを進めようとすると、あちらから催促が来るだろう・・・いいや、しかし、あちらにはもう少し待ってもらって・・・」
 自宅であることと、気の置けない相手を前だからということで、ついついカイの口からは考えていることがそのまま言葉となって出てきていた。
 それでは秘密とは言わないのではないかと思うが、残念ながら彼女は気付いていない。
「どちらにも我慢してもらえれば良いが・・・」
「おい」
 堪りかねてソルが声をかけたが、
「しかし、そうはいってもどちらも譲らないだろうな・・・参った・・・」
 カイは聞いちゃいなかった。
「だいたい、妥協してもらわなければ、物事をうまく運べないというのに、自分勝手な主張ばかり・・・」
「おい」
「ことを進める私の身にもなってもらいたいものだ・・・」
「・・・・・・」
 これ以上何を言ってもカイは気付かないだろう。
 ひとつため息をつくと、ソルは大儀そうに立ち上がった。
 そしてカイのすぐ後ろまで来ると、少し大きな声で名を呼ぶ。
「カイ」
「・・・なんだ?」
 ようやくソルの声を聞きとめて、何の気なしにカイは振り返った。
「――――!?」
 その瞬間、カイは大きく目を見開いた。
 すぐ目の前に、ソルの顔があった。
 唇にはあたたかい感触がある。
 顔を離しても、まだカイには驚きの表情が残っていた。
 それを見ると、ソルはしてやったりと満足げな笑みを見せた。
「少しは悩みが消えたか?」
 それに対し、カイの答えはすぐに出てこなかった。
 不意打ちに対する動揺は、ソルの予想以上だったようだ。
 しばし口を開閉していたが、顔を真っ赤に染めたカイは、ようやく悔しそうに大きな声を上げた。
「馬鹿! 悩みどころか、問題そのものを忘れたわ!」



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