救いの手
「・・・ここは?」
いつの間に気を失っていたのだろう。
節々痛む体に顔をしかめながら、テスタメントは起き上がった。
「――――つっ・・・。そうか、あの女と戦っていたのだったな」
脳裏には、巷で噂の紅の楽師の姿が掠めた。以前ディズィーにひどい思いをさせた女だ。出会えば戦いに発展することは当然の成り行きだろう。
激しく激突したのは覚えている。渾身の一撃をお互いはなって――――気が付いたらここに寝ていた。
うっそうと木々が生い茂る闇夜の森。生き物の気配はなく、鬱と淀んだ暗闇があたりを占めている。
あの女と戦っていたのは、まだ日も高かった自分であったと記憶している。ということは、日が暮れるまで伸びていたということになろうか。我ながら情けなかった。
「・・・いつまでもここにいても仕方あるまい」
重い体を引きずるように立ち上がる。思いのほかダメージは大きいようだ。
「・・・・・・?」
一、二歩足を進めたところで、テスタメントは違和感に首をかしげた。
「ここは・・・どこだ・・・?」
あたりが暗いから、気が付くのが遅れた。
この森は、あの女とたたっていた森では――あの慣れ親しんだ森ではなかった。森は森でも違う。漂う空気でさえ違うのだ。ここには寂寥とともに、何かぴりぴりとした緊張感が感じられる。
「・・・どういうことだ?」
あの女が、気絶したテスタメント見知らぬ森へ捨てていったというのか。一体何のために? 女の身では大の男を運ぶことは容易でないはずだ。
「くそっ・・・どうなっているんだ」
ただでさえ早く体を休めたいというのに。何も理解できない状況に歯噛みするテスタメント。
と、そのとき。
「誰だ!?」
右手方向から誰何の声とともに、明かりがテスタメントに向けられた。白磁の美貌と炯々と光る赤い目がぼんやりと映し出される。とっさのことに、気が付いたら鎌を取り出し、構えていた。
それを見た明かりの持ち主は、恐怖と憎悪をない交ぜにした声を上げた。
「きっ、貴様、ギアだな!?」
「その制服は・・・!」
テスタメントは、声の主が身に着けている制服に見覚えがあった。
「聖騎士団だと? 馬鹿な・・・」
聖騎士団は聖戦時にギアと戦うために結成された組織だ。かつてはテスタメントも相手にしていたことがある。だがそれは、ジャスティス封印を以って聖戦が終結を見ると同時に解散された。今その制服を着ている者といえば、物好きな元聖騎士団長くらいだ。
それが、何故?
「おいっ! こっちにいたぞ! 手負いのギアだ!!」
「何!?」
「どこだ?」
最初に現れた聖騎士団員に呼応して、いくつもの返事が近くから上がった。ざわめきは波紋のように広がっていく。一人や二人ではない。気づかぬうちに、幾人もを近づけていたらしい。
己の失態に激しく腹を立てながらも、テスタメントは痛む体に鞭打って走り出した。今の状態ではうまく手加減をしてやれない。むしろ、気を抜けばこちらが危ない。
「逃げたぞ! 追え!」
追いつかれてたまるものか。
木々に身を隠しながら、テスタメントは息が詰まりそうなほど濃い闇の中を駆け抜けた。
「・・・くそ、しつこい奴らだ」
思うように動かない体を木に預け、テスタメントは忌々しい思いで、自分の下をうろつく輩の様子をうかがっていた。
最初は地理的情報のないままただ夢中で逃げ回っていた。だが、どうあがいても必ず近くに聖騎士団員の気配を感じた。これではつかまるもの時間の問題だった。
地上にいては駄目だと、こうして木に登ってみたは良いものの、無理して逃げ回っていたせいで、余計に体が動かない。
――――どうか、ここまま通り過ぎてくれ。
祈るような気持ちで息を殺していたテスタメントの耳に、思いがけない名前が聞こえた。
「すみません、クリフ様。逃してしまったようです」
団員の一人がそういうと、木々の間から小柄な老人が姿を現した。
その人物を見た瞬間、テスタメントの目が大きく見開かれた。
「な・・・何故・・・!?」
今は亡き人物の登場は、テスタメントを動揺させるには十分だった。思わず漏れた一言に、一斉に皆が顔を上げた。
「いたぞ!」
「逃がすな!」
「回り込め!」
「くっ、しまった」
慌てて身を翻すが、間に合わない。誰かが放った一撃が左肩に直撃する。
「ぐっ・・・」
夢でも幻でも、ここで倒れればあの人に迷惑がかかる。それに、こんな良く分からないところで何も分からないまま死ぬのも、冗談ではない。
手加減など考えている場合ではなかった。
「ナイトメアサーキュラー!」
何本もの木々が倒れるとともに、その場が土煙に覆われる。
騎士団の面々の混乱した声を聞きながら、新たに痛み出した左肩をかばいつつ、テスタメントはさらに走り出した。
どれほど走ったか分からない。
テスタメントの周りに、ようやく静寂が訪れた。聖騎士団が、ちらりと見えた義父が、追ってくる様子はない。
ほっと息をつくとともに、テスタメントは木の幹に体を預け、座り込んだ。息が荒い。体のあちこちから悲鳴が聞こえる。
目を閉じると、先ほど見た義父の姿が見えた。あれは幻なのか。それとも自分を含め、この世界そのものが夢なのか。現実であったら、時間を遡ったというのか。
どれも憶測の域を出ず、明確な答えにはならなかった。
分からないことを考えていても仕方がない。テスタメントはクリフのことを思い出した。
先ほど、クリフはテスタメントに気が付いたであろうか。できれば、夜闇に紛れてこの穢れた身を、かの人物の目から隠していて欲しかった。今更どのような顔で会えというのか。向こうもこんな悪しき裏切り者を見るのは不快だろう。
だが、テスタメントはクリフが聖騎士団員を引き連れている姿に、懐かしさを覚えた。在りし日の英雄が、もう二度とまみえることのないはずの義父が、そこにいたのだ。年を重ねても枯れることのない闘志がみなぎり、周りからの人望も厚く、そして何より、桁外れに強い。最後まで現役の戦士だったクリフを、テスタメントは心底尊敬する。
その反面、そのような立派な人物を死に追いやった愚かな自分に、嫌悪の念が浮かんだ。今でも思う。クリフはあの時死んではいけなかった。あの時死ぬのは、自分であるべきだったのだ。
何かの間違いで、生きるべき者が死に、死ぬべき者が生き残ってしまった。もう取り返しのつかぬ過去――――
「そうか・・・!」
テスタメントははっと目を開けた。
そうか。そうだったのか。
ようやくここへ迷い込んだ意味が分かったのだ。
クリフが生きていることからも分かるように、これは過去だ。どういう理屈か、どうやらあの紅の楽師との戦いのさなか、飛ばされてしまったのだ。
これは神が与えた、間違いを正すための奇跡だ。神などとうに信じていなかったが、こんな所業は誰もができることではない。
そうだ。
――――私は、義父上に殺されるために過去へ飛ばされたのだ。
そう考えれば、過去へ来た理由が分かる。
やはり、とテスタメントは思った。自分の罪が許されるはずなどなかったのだ。新しく目の前に広がった道を、歩いていってはならなかったのだ。自分に安息など、それだけで罪だったのだ。
大きく息を吸うと、テスタメントは深々と頭を垂れた。
彼の頭には、いつの間にか、クリフの斬馬刀が突きつけられていた。
「やはり、おぬしじゃったか・・・」
ため息とも取れる大きな息を吐いて、搾り出すようにクリフはそう言った。
「報告を聞いて、もしやと思っていた。そうしたら、先ほどおぬしの姿を見た、というわけじゃよ」
懐かしい声が染み入る。不覚にも嬉しさがこみ上げてきた。
この手にかかって死ねるのならば・・・。
覚悟はしていた。だから、いつその得物が自分の首を落とそうと、抵抗する気はさらさらない。ただ静かに、そのときを待つだけだ。
「・・・・・・」
だがいくら待っても、突きつけられている刀が自分に振り下ろされる気配はなかった。
「?」
疑問とともに顔を上げたテスタメントの目は、信じられないものでも見たかのように、次の瞬間大きく見開かれた。
「――――っ!」
息を飲んだ彼の目の前の刀は、大きく震えていた。
「な・・・何故・・・?」
刀から義父の顔に視線を移しつつ、テスタメントは顔をしかめた。
暗闇の向こうで、クリフが口を開く。
「おぬし・・・正気に、戻ったのか・・・?」
「え・・・?」
闇がクリフの顔に濃い影を落としていて、その表情はテスタメントの目をしても読み取ることができない。
しかし、この声から察するに、義父は養い子の変化に衝撃を受けているらしい。
それも当然と言えよう。テスタメントが正気に戻ったのは、クリフが最後の戦いに臨んだ後だ。この時代のテスタメントは、ギアの首魁、ジャスティスのもとで、人間と対立する立場にいた。・・・義父とも、直接剣を交えたことさえあった。
この時代のクリフは、そんなテスタメントしか知らない。かつてクリフを慕い、聖騎士団に身を置き、誰もが平和に暮らせる世界を夢見ていたテスタメントは、もはや過去の人物だった。
今目の前に傷つきうずくまっているテスタメントは、クリフの思いでの中にいる彼と同じではない。だから彼がクリフの言う正気かどうかはわからない。だが、少なくとも人の血を求めていた頃の狂気を思えば、正気と言って障りはないはずだ。
テスタメントは相手の顔をうかがうように目を細めて、静かな声音で返す。
「信じてもらえないかもしれませんが、私はこの時代の私ではありません。私は、あなたに裁きを受けるため、この時代にやってきたのです」
突拍子もない言葉だと、言った本人すら思う。だが、そうとしか説明ができないのだ。この時代に迷い込んだのも、クリフに再会したのも。どちらも偶然の域を超えている。誰かの意思としか思えなかった。
「わしの裁きじゃと・・・?」
今度は、単純にクリフが驚いている様子がわかった。
「おぬしはわしに何か裁かれることでもしたのかの?」
クリフにとっては何気ない一言であったかもしれない。だがその言葉は、テスタメントの胸にぐさりと刺さった。
「それは・・・」
やや言葉を詰まらせながらも、顔を自己嫌悪に歪めながらテスタメントは重い口を開いた。
「私の目を覚まさせるため、義父上は・・・」
命を落とされた、とは続けられなかった。それだけははばかれるように思えたのだ。
テスタメントのしてきたことを思えば、裁かれる理由は当然そればかりではない。人間をあやめた。人間の平和を脅かし続けた。否、それ以前に、あれほど世話になった恩人のクリフを裏切った。それだけでも十分重罪だ。
その中でも決定的なのが、自分が生き残ることに、義父を犠牲にしてしまったことだ。今更のように、苦々しい思いが口いっぱいに広がる。
己の過ちを忌々しく思っているテスタメントに、思いがけない言葉が降ってきた。
「・・・義父上と呼ばれるのは、どれほど振りじゃろうな」
「は・・・?」
一瞬、言っている意味がわからず眉をひそめたテスタメント。だがそれを咎められていると思った彼は、ついと視線と落とした。
「すみません、今更そのように呼ぶなど・・・」
「なぜ謝られねばならんのじゃ。おぬしはわしの息子に違いはあるまい」
「それは、そうかもしれませんが・・・」
そう呼ぶ資格が、果たして自分にはあるのだろうか。その疑念が顔に出ていたのだろう。クリフは強い口調で言い切った。
「いつまで経っても、おぬしはわしの息子にかわりはない」
「義父上・・・」
テスタメントの口からは、それ以上の言葉が出なかった。喉の奥にこみ上げる感情が、言葉を抑えている。
今のうちに、何か伝えねば。そう思い口を開きかけた瞬間、激しい爆音が当たりに響き渡った。
「なっ・・・!?」
直後あがった火柱に、静寂を保っていた森が騒ぎ始めた。木の葉が風に揺さぶられ、まるで悲鳴を上げるかのようにざわめく。その合間をぬって焦げ臭い熱風が二人を巻き込んだ。視界が一気に赤に染められる。
「やはり、別におったのじゃな」
先ほどまでの穏やかな雰囲気は欠片もない。クリフは鋭い眼光で火の手の上がった方角を見た。
「どういうことです?」
「わしらはこの森でギアが発見されたと聞き、やってきたのじゃ」
なるほど、それであれほど多くの聖騎士団員が緊迫した様子で詰めていたというわけだ。
「では、私も・・・」
そう言って立ち上がろうとしたテスタメントだったが、すぐにその顔が傷の痛みに歪んだ。
「無理をするでない。そんな怪我で。良いか、すぐに戻ってくる。じゃから、ここを動くでないぞ!」
テスタメントは、その声がやけに遠くに感じた。急に頭がぼんやりしてきたのだ。一体どうしたというのだろう。
クリフが行ってしまう。
それはわかっていたのに、テスタメントにはそれをとめる術がなかった。とめたいと望む彼の意思を、体が伝えることを拒否している。
ぼんやりとかすむ目に、クリフの後姿が映る。
最後の力を振り絞り、テスタメントは意識を手放す直前、かすれた声を絞り出すように呟いた。
「どうか・・・、私を、見捨ててください・・・」
やわらかい陽光が、テスタメントを優しく起こした。
ゆっくり目を空けた彼の目に映ったのは、見慣れぬ天井だった。
「・・・ここは・・・?」
身を起こそうとした瞬間、体中を走る激痛に顔をしかめる。
まだ意識がはっきりしない。ぼんやりと、なぜ自分はここにいるのだろうと考える。
私は何故、こんな怪我を・・・。
そこまで考えて、ようやく全てを思い出した。
そうだ、義父上――――!
ばっと身を起こしたテスタメントだったが、思い出したからといって痛みが消えるはずもない。先ほどと同じ――否、勢いよく起き上がった分余計に体が悲鳴を上げた。
「くっ・・・!」
ばたり、とベッドに倒れこむ衝撃に、もう一度痛みにうめく。痛む部分は、しかし、丁寧に包帯が巻かれ、きちんと手当てされていた。
「これは・・・」
「おっと、ようやくお目覚めか」
ノックもなしに開けられた部屋のドアから、見覚えのある人物が顔を出した。その意外さに、テスタメントは軽く目を瞠る。
「お前は・・・では、ここは」
「ああ、俺たちの船の中さ」
こともなげにうなずくとその人物――ジョニーはつかつかと歩み寄ってくると、テスタメントの額に手を当てた。
「なっ・・・」
「よし、熱は下がったな」
何度もうなずくと、ジョニーは黒眼鏡の奥からテスタメントを見据え、あきれたようにため息をついた。
「お前さん、うちの可愛いクルーを過労死させる気かい?」
「・・・どういうことだ」
ジョニーの言う「可愛いクルー」が誰であるか、テスタメントはすぐにわかった。
「彼女が一体・・・」
「全く、お前さんが派手にやられたおかげで、ディズィーは夜も眠らず看病していたんだぞ。それも、お前さんが寝込んでいた三日間。ようやくさっき休ませたところだ」
「何? では、この手当ても・・・」
「ああ、そりゃさすがにプロに頼んだがな」
ジョニーは、紙袋の医者の仕事振りを伝えた。
それらを聞いているうちに、みるみるテスタメントの顔色が曇っていった。
「それは、面倒をかけたな・・・」
起き上がれぬ状態でそう呟くように言った。
ふと疑問に思って、テスタメントは首を傾げた。
「私はどこに倒れていたのだ?」
「細かい場所は知らんが、例の森へ行ったディズィーが拾ってきたからな。その辺だろ」
「・・・そうか」
ではやはり、あれは夢だったのか。
義父と再会し、言葉を交わしたという、そんな都合の良いことが実際起こるわけはないのだ。
そう息をついたとき、ずきんと左肩に大きな痛みが走った。
「ぐっ・・・」
「おい、大丈夫か?」
ジョニーが顔を覗き込んでくるが、テスタメントには痛みより驚きのほうが大きかった。
痛みのもとは、聖騎士団員の放った一撃を受けた部分だ。紛れもなく現実であった、とその傷が主張しているようであった。
「・・・ま、ゆっくり休むんだな」
「しかし・・・」
迷惑ではないか、と続けようとしたテスタメントだったが、それをジョニーが遮った。
「今出て行ったら、確実にディズィーに嫌われるぞ。あれだけ献身的に看病していたんだからな」
「それは・・・」
「どうせ動こうと思ったって動けないんだ。あの医者からもしばらくは安静にしているようにとのお達しだ。仕方がない、しばらく預かってやる」
すまない、とテスタメントが頭を下げたと同時に、またしてもノックもなしに部屋のドアいた。
「テスタメントさん! 目が覚めたんですね!?」
「ディズィー」
名前を呼ばれる間に、ディズィーはテスタメントの枕元にやってきた。
「・・・休めって言っただろう?」
「ごめんなさい。でも、声が聞こえたから・・・」
「仕方ないな」
そう言って頭をかくと、ジョニーはさっさと部屋を出て行ってしまった。
二人きりになって、改めてディズィーはテスタメントの顔を見た。
「凄い怪我ですね」
「あ、ああ・・・」
体中が痛い。起き上がれないほど負傷するなど、どのくらいぶりだろうか。もともと戦っていたのはイノとだが、彼女から受けたダメージ以上の負担が体にのしかかっていることに、うんざりする。
「お前には、迷惑をかけた。悪かった」
「そんな・・・。私なんて、ただびっくりしてしまって。みんながいなかったら・・・」
「いや、お前が私を見つけてくれたのだろう? こんな面倒を押し付けられて、お前にとっては不運だったな」
「そ、そんなこと!」
ディズィーは急に声を荒げた。
「そんなこと、思うわけないじゃないですか! 馬鹿なこと言わないでください!」
ディズィーの豹変にテスタメントは目を丸くする。そして、気がついたら素直に謝罪していた。
「・・・すまない」
「あ、いえ、あの・・・」
何か明確に言いたいことがあるのに、どう告げて良いかわからない。
「わ、私・・・私は・・・」
ディズィーはもどかしげに口を開いたり閉じたりしていたが、ややあって意を決したようにテスタメントの赤い目を見つめた。
「私は、何があっても、テスタメントさんを見捨てませんから」
「――――え?」
突然何を言い出すのか。いぶかしむテスタメントに、言いにくそうにディズィーが続ける。
「ごめんなさい。テスタメントさん、ずっとうなされていて・・・」
「・・・・・・」
「ずっと、ずっと言っていたんです。『私を見捨ててください』って」
「っ、それは・・・!」
遠ざかる義父に向けた言葉だった。
「・・・とても悲しい言葉です。聞いていて、とてもつらかった」
「お前が気にすることではない」
「いいえ! いやなんです。何もできないなんて!」
ディズィーは包帯だらけのテスタメントの手をとった。
「私も、テスタメントさんのお役に立ちたいんです。何ができるかわかりませんけど・・・」
きゅっと力を込めてテスタメントの手を握るディズィーのそれは、とても暖かい。
・・・ああ、自分はこの少女に、どれほど救われるのだろう。
思わずその手を握り返してしまい、そんなことをした自分自身に、テスタメントは驚きを覚えた。
自分は、救われる対象ではないと、あれほど強く思っていたというのに。いざ手を差し伸べられると、こうもあっさりと救いを求めてしまうのか。
それが罪だとわかっているのに、許されないことだとわかっているのに。
――――その手を離すことができなかった。
「あ、あの、テスタメントさん・・・?」
ほんのりと頬を紅く染めたディズィーに、テスタメントは苦笑い交じりに微笑した。負の感情の欠片もない笑みがディズィーの胸を高鳴らせる。
そんな彼女の心中など知る由もないテスタメントは、目を閉じて静かに口を開いた。
「すまないが、もう少し手を貸していてくれないか?」
「ど・・・どうぞ・・・」
自分から握っておきながら、ディズィーはいまさら顔が火照りだすのを感じていた。
一方のテスタメントはというと、つないだ手の暖かさが身にしみていた。傷の痛みも、和らいだような気がする。
そして、改めて感じていた。
彼女かいる。
自分は、彼女のために、生きてゆこう、と。
過去が変えられぬのであれば、この命は彼女のために――――
そこまで考えると、再びテスタメントは目を開けた。そして、
「ディズィー」
「え?」
「ありがとう」
傍らにおとなしく座っている少女に向かって、穏やかに微笑んで見せた。