閑話休題

   前編






「さて」
 のどかな平日の昼下がり。
 例のごとく猛烈な激務を何事もないかのようにこなしたカイは、自分の机の上を片付けると、立ち上がった。
「久しぶりに街を見て回りましょう。最近は何かと物騒ですから」
 ここの所ずっとデスクワークが多くなり、見回りは他のものにまかせっきりになっていた。
 彼らを疑っているわけではないのだが、この目で見て確かめないことには落ち着かなかった。
「それではこの通信機をお持ち下さい」
 すかさず通信機を差し出してきたのは、執事のベルナルドだ。
 条件反射で受け取ってしまったカイは、通信機とベルナルドの顔を交互に見つつ怪訝な顔をした。
「これは・・・?」
「事件がおきましたら、いち早くそちらにお知らせ致します」
「なるほど。では、よろしくお願いしますね」
「はい、いってらっしゃいませ」
 少しだけ軽い足取りで、カイは揚々と見回りに向かっていった。




「やっぱり街は良いですね」
 仕事の疲れを発散させるように、カイは大きく息を吸い込んだ。
 平日なので、それほど人が出ているわけではない。
 しかし、通りに面したカフェでお喋りに興じる婦人方や、忙しそうに早足で通り過ぎていくスーツ姿の男性などは、日常的な場面だった。
「こんな日が続けば、世の中も平和なのですが・・・」
 そんなカイの願いもむなしく、非情にも通信機の呼び出し音が響いた。
「はい、カイです」
「事件でございます」
 重々しい口調のベルナルドは、今しがた入った情報を正確に伝えた。
「ええ、はい、分かりました。広場で性質の悪いカツアゲが行われているのですね。それは許せません。すぐに参ります」
 通信機を懐に仕舞い込むと、カイは急いで指定された広場へ向かった。




「情報によると、この辺なのですが・・・」
 広場に着くと、カイは辺りを見回した。
 緑のまぶしいこの季節、見回りなどよりゆっくり散歩をするほうが断然向いている。楽しそうに遊んでいる親子を見ると、思わず笑みがこぼれた。
 しかし、事件がおきているとなれば、そんな和やかな気分にはなっていられない。
 残念ながら、仕事を差し置いてのんびり休めるほど、カイは融通が利く人物ではなかった。
「あ、あそこか・・・?」
 すぐに、カイは人だかりを見つけた。
「カツアゲって、まさかあのような大人数で行っているのか!?」
 さっとカイの顔色が変わる。
 すぐ近くには、親子連れがいるのだ。巻き込まれでもしたらただでは済むまい。
「そのような非道、私が許さない!」
 気合を入れると、カイはその人だかりに近付いた。そして、
「あなたたち、おとなしくなさい!」
 そう言おうとして口を開いたが、言おうとした言葉とは違う言葉が出てきた。
「あ、あなたは・・・」
 カイの目の前、人だかりの中心にいたのは、見覚えのある少年だった。
「はーい、おひねりはこちらにお願いします」
 くまのぬいぐるみを持った、小柄で可愛らしい顔立ちの、一見少女にも見える少年は、持っていた箱を周りを取り囲んでいる人々のほうに向けた。
 わーっとその周辺に人が寄ったかと思うと、すぐに少年の持っていた箱は紙幣と小銭でいっぱいになった。
 よく見ると、周りにいた人々は圧倒的に男が多かった。
「これが・・・カツアゲ・・・?」
 呆然と行く末を眺めていると、後ろから肩を叩かれた。
「ちょっと、あなた警察機構の人ね?」
「ええ、どうか致しましたか?」
 カイが振り返り、呼び止めたのは若い女性だと言うことが分かった。
 その女性はカイを見るなりはっと息を呑んだが、すぐに気を取り直して柳眉を吊り上げた。
「どうか致しましたか、じゃないわ。あの子何とかしてくれない?」
「あのことは・・・彼のことですか?」
 女性の指した先には、例の少年の姿がある。
「少年!? もっと許せないわ! あの子のせいであの人はっ・・・」
 涙ながらにその女性は切々と語った。
「私の彼は、本当に優しい人で・・・私をずっと愛してくれたわ。でも、あの子が現れてから、あの人は変わってしまったわ! 私にだけ優しかったあの人は、あの子にばかり目を向けて、私にはもう興味がなくなってしまったのよ!!」
 我慢ができなくなって、女性は手で顔を覆った。
「あの子に貢ぐあまり、あの人は、せっかく貯めた私との結婚資金を使い込んだのよ!!」
「そ、それは・・・」
「それだけじゃないわ、私の両親にさえ借金を申し込んで・・・」
 慰める言葉もなく、カイは「はあ・・・」と言ってうなずくしかない。
「とにかく、何とかして頂戴! このままじゃ私もあの人も破滅だわ!!」
「・・・分かりました。説得してみましょう」
 カイは、たんまりと貯めたお金を布袋に詰めている少年に声をかけた。
「こんにちは、ブリジットさん」
「あなたは・・・」
 少年――ブリジットはカイの顔を見てぽんと手を打った。
「あなたは、いつかの放火魔!」
「違います! あなた、まだ偽物との区別がついていなかったのですか!?」
 いまだにあのロボットと間違えられたことに、カイはちょっと衝撃を受けた。
 気を取り直すように咳払いをする。
「ところで、あなたはここで何をしているのですか。大道芸にも許可が必要であることをご存知ですか? ちゃんと許可は取っているのでしょうね?」
「許可? 知りませんでしたぁ。どうやったらもらえるんですか?」
「役所にきちんと届けを出して、こちらが審査するのです。その審査を通れば許可は下りますが・・・」
 カイは言葉を濁しながら続ける。
「その・・・その時に得たお金についても、きちんとした届けが必要です。そのうちの何割かは税金として納めてもらいます」
「えぇ〜っ!? そうなんですか! そんな、あんまりです! ここが一番の稼ぎ場なのに」
「しかし、決まりですから」
「横暴です、非道です、人でなしです」
「そうはいわれても、仕方がありません」
 困ったようにカイは顔を歪める。 
「今の行為も見逃すわけには参りません。さあ、お金を返してください」
「そ、そんな〜」
 しゅん、とうなだれたブリジットに、意外なところから救いの手が伸べられた。




   後編へ    or    拍手ページへ戻る