ハイスクールパラダイス 

 第一話







「では、先の生徒会長選挙の結果、次期生徒会長は、カイ=キスクさんに決まりました」
「ありがとうございます」
 ぱちぱちと拍手が教室中に響いた。コの字型に机を向かい合わせて座った十数人の生徒たちの中で、黒板の前にいた少女が立ち上がって一礼した。きっちり隙なく制服を着込み、短い金髪のサイドをピンで留めた、縁無し眼鏡の少女は、柔らかな微笑を浮かべた。
「皆さんに選んでいただけて、本当に嬉しく思います。これからは皆さんのご期待に添えられるよう、全力で仕事に取り組みたいと思いますので、よろしくお願いします」
 模範的な挨拶を述べた少女――――カイの青緑の双眸は、やる気に満ちていた。
 と、そこへ、一人の男性が何の気配もなく突然現れた。
「やあ。どうかね、次期会長は決まったかね?」
 パイプを粋に銜えながら入ってきたのは、この高校の理事長、スレイヤーである。
「あ、これは、理事長。今ちょうど決まったところでございます」
 カイの横にいた、妙に年寄りくさく見える、年齢詐称なし、満十七歳の高校生(強調)、ベルナルドがカイを示した。
「彼女が次期会長のカイ様です」
「ベルナルド、同い年なのに、『様』はやめてください」
「いえ。生徒会長といえば、生徒の長にございます。本来ならば、『閣下』とお呼びしなければならないところです。どちらがよろしゅうございますか?」
「・・・・・・・・・・・・さ、様で結構です」
 うんざりした様子で、カイはがっくり肩を落とした。ベルナルドは、入学早々、カイの振る舞い、考え方に非常な感銘を受けたらしく、以来、同い年(くどいようだが強調)にもかかわらず、カイにただならぬ敬意を持っているのだ。
「ほう。君がかね」
「はい。カイ=キスクと申します。よろしくお願いします」
「君の事は良く聞いているよ。入学以来、主席を通している、この学校始まって以来の優秀な生徒だとね」
「いえ、そんなことはありません」
 謙遜する姿も、決して嫌味なところはない。
 そんな彼女に、スレイヤーは面白そうに笑った。
「君ならば、あの男を動かすことが出来るかも知れないな」
「あの男、とは?」
 カイは細首を傾げた。
「おや、初めて聞く言葉かね。実はこの学校には、伝説の男がいるのだよ」
「伝説の男・・・ですか?」
「そう。今までどの生徒会長も解決できなかった、伝説の不良がね」
「不良?伝説の?」
 カイの瞳がきらりと輝いた。



 まだ陽も南中しない午前の屋上に、その男はいた。黒茶の髪を広げ、組んだ腕の上に頭を乗せて、仰向けに転がりながら、見るともなく空を仰いでいた。赤茶の両目は面倒くさそうに半分しか開いていない。
 そんな彼の顔にふと、影が落ちた。
「あなたですね。伝説の不良、ソル=バッドガイさんは」
 彼の目の上にいたのは、金髪の少女だった。ソルと呼ばれた男は、大儀そうに目を開けた。
「・・・・・・白、か」
「えっ、きゃああっ!」
 カイは慌てて規則通りの、膝丈チェックのスカートの裾を押さえた。
「み、見ましたね?」
「そっちが勝手に見せたんだろ」
 ふん、とソルはそっぽを向いた。
「むうぅっ。噂に違わぬつわものですね。しかし、ここでめげては、私に投票してくれた人に申し訳がない。諦めませんよ」
 よし、と小声で気合を入れると、カイはソルのもとに膝をついた。
「はじめまして。私は次期生徒会長のカイ=キスクといいます。よろしくお願いします」
「・・・・・・」
「実は、あなたは今年度の出席日数が足りず、もう一年この学校で学ぶことが決まっています」
「・・・・・・」
「今年度はもうあと数ヶ月しかないし、これ以上授業に出席しても、今年度卒業することは出来ませんが、今から授業に出席する習慣をつけておけば、来年度からはきちんと出席できると思います。どうですか?今からだと、二時間目に間に合いますよ」
「・・・・・・」
 懇切丁寧な物言いにも、ソルは何も言わず、カイに背を向けるように寝返りを打った。
 それでもカイは諦めず、彼が向いている先に回り、
「何事も最初が肝心です。最初の一歩を踏み出さなければ、ずっと出られないままになってしまいますよ。ほら、私も教室まで一緒に行きますから」
 ソルの腕をとった。
 カイとしては、彼が授業に出席することで、他の不良たちにも相乗効果があるのではないかと考えていた。伝説の不良は、その称号に違わず、この学校にいる全ての不良に畏敬の念を抱かれている。
 カイは生徒会長になるまで知らなかったが、この学校の不良のボスと言えるのが目の前の彼、ソルなのだ。殆どをこの屋上で過ごしているにもかかわらず、である。
 そんなソルが更生したら。
 きっと皆にも、影響があるに違いない。
 そんな思惑が彼にも伝わっていたのだろうか。
 ソルは強い力でカイの手を振り払った。
「触るんじゃねえ」
「ソルさん!どうして嫌なのですか?きっと同じクラスの人だって、あなたを待って・・・」
 そこまで言って、カイは絶句した。
 彼女を射抜く、赤茶の瞳は凄まじい怒気を孕んでいたのだ。殺気と言っても過言ではない。
 大きく目を見開いているだけの彼女に、ソルは鋭く言い放った。
「毎年この時期になると、必ずてめえのような奴が現れて、示し合わせたように同じことを吐きやがる。自分の功績のためにいちいち来られても、迷惑だ」
「!」
 ソルの一言に、カイは何も言葉が返せなかった。
 あまりにもその通りで、弁解の余地がなかったのだ。
 確かに、功績狙いだといわれても、否定は出来ない。生徒会長として、この学校の風紀を正すため、生徒会長になってから彼に初めて近付いたのだ。
 彼個人のためを思っていたかといえば、そうではない気がする。
 そのとき、タイミングよく、チャイムが鳴った。
「あっ・・・」
「さっさと行け。会長が授業に遅刻なんて、出来ねえだろ」
 皮肉を含んだ棘のあるソルの言葉に、カイは何といって良いのか分からなかった。
 とっさに、
「また、来ますから!」
 そう言って、カイは教室へ戻っていった。
「・・・・・・」
「あれー?今の、カイちゃんじゃない?」
 知らずに彼女の先を見送っていると、調子が狂うような陽気な声がやってきた。金髪長髪の青い目の少年――――アクセルである。
 彼は割とソルのそばにいる、彼の舎弟である。
「珍しい。旦那に何か用があったの?」
「知り合いか?」
「うん。小学生の頃からの、同級生。家も近所だったから、割と仲は良かったかなあ」
 ああ見えて、結構抜けているところがあって、可愛いんだけどねー、と付け足したアクセルの言葉を、最後までじっくりと聞いていたソル。
 アクセルが話題を変えると、興味なさそうに再び寝転がった。
「また、来ますから!」
 何故か先程の言葉が蘇る。
 ソルはアクセルの言葉を聞き流しながら、大きくため息をついた。



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