paradox



   3

「カイちゃんは、旦那といて、幸せ?」
 思いのほかはっきりと響いたアクセルの言葉に、カイは軽く瞠目した。
「な・・・何を言い出すのですか。急に」
 どんな深刻な話をされるのかと覚悟していたカイにとって、予想を大幅に裏切られる台詞だったため、思うように言葉が返せない。
 だが、アクセルは真剣そのものだ。
「この先、どうなるか分からないでしょ。それでも、一緒にいたいと思う?」
「それは・・・」
 いつものからかい半分な含みは一切ない。
 そのギャップに戸惑いはしたものの、カイはすぐに口元をほころばせ、しっかりとうなずいていた。
「一緒に、いたいですよ」
「どんなことが起こっても?」
「はい」
 もう一度首を縦に振ったカイに、ためらう様子は微塵もない。
「もとより、覚悟の上ですから。それでも私は、ソルの隣にいることを選んだのです。迷いなどありません」
「カイちゃん・・・」
 アクセルはそれ以上カイにかける言葉を失って、口をつぐんだ。
 自分の見た光景が彼女の未来だとしたら、ここで無理にでもソルと離れることを勧めたほうが良いのかもしれない。
 しかし、今目の前のカイを見ていると、それを口にするのははばかられた。
 ソルもカイも、それぞれが普通の人にはないさまざまな問題を抱えている。
 本来なら二人がこうして一緒にいることはなかったかもしれない。
 どういう因果か、二人の道は交わり、アクセルが思うに、お互い良い方向に変化をした。
 カイなど、このように穏やかな微笑を浮かべることは、ほとんどなかった。いつも神経を尖らせて、ひと時も隙を見せなかった。
 それが悪いこととは言わない。だが、あれでは心から休まるときもなかっただろう。
 そうしてみると、カイがソルと一緒にいることはお互いのためのようにも思える。
 それに、結局のところ、アクセルには二人の仲を裂くことなどできなかった。
「うん。そっか・・・」
 そう返すのが精一杯だった。
「ええ」
 カイも、何故そのようなことを言い出したのか、問い返してはこなかった。
 ――――と。
「・・・話は済んだか?」
 タイミングを計ったかのように掛けられた声に、カイもアクセルもはっとして入り口を見た。
「ソル?」
 相変わらず気配もさせず、ソルは戸口に立っている。
 いつからそこにいたのだろうか。アクセルの怪我の手当てをしようと、救急箱を取りに言ったときにはいなかったはずだ。
 ソルはずかずかと二人に歩み寄ると、
「! ソル!?」
 引き離すようにカイを己のほうに引き寄せた。
 そしてアクセルを鋭く見据えて一言。
「とっとと帰れ」
 やや険のこもった声音に、アクセルが慌てて席を立った。
「ちょっと、旦那。そんな怖い顔して・・・誤解だってば!」
「・・・・・・」
 ソルはアクセルの言葉など聴く気はないらしい。
 じっと睨みを効かせるだけだ。
「・・・お邪魔しました」
「あ、アクセルさん!」
 無言の圧力に屈したアクセルが肩を落としながら部屋を出て行こうとするのを、カイは引き止める。
「何かな?」
「その・・・」
 少しためらった後、
「悩みは、少しは解消されましたか?」
 恐る恐る、そう問う。
 それにアクセルは一瞬、考え込むような表情を見せたが、すぐににっこりと笑った。
「うん。そうだね」
「それは、良かったです・・・」
 ほっとカイの顔に笑みが浮かぶ。
「それじゃ」
「すみません。何もお構いできなくて・・・またゆっくり遊びに来てください」
「二度と来るな」
「ソル!」
「・・・・・・」
 叱責されたというのに、ソルはといえばどこ吹く風、という様子だ。苦い表情をするカイなど、気にも留めていない。
 そんな二人を見ると、ほほえましく思う。
 アクセルの中には、自分の判断が正しかったのか、と自問する声が聞こえないでもない。
 だが、自分には二人を離すことはできなかった。
 ――――最も努力してみたところで、二人が離れるところなど想像できないし、確実に自分は消し炭にされるだろうが。
 どうか、あの未来が二人の行き着く先でありませんように。
 アクセルはそう、心の中で静かに祈った。


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「ちっ、油断のならねぇ」
 アクセルが出て行ったのを確認すると、ソルは忌々しげに舌打ちをした。
「何が油断ならないんだ。私には、気配もなく家に入ってくるお前のほうが油断ならない」
 カップを片付けながら、勝手に来客を追い出されて立腹するカイ。
「大体、悩んでいる人の力になりたいと思うのは当然だろう。それが友人ならばなおさらだ」
「・・・の割には、手握っていたがな」
「お前、そんなときからいたのか!?」
 全然気が付かなかった。
 まさか、アクセルの来訪以前には、すでにここにいた、ということはあるまいな。
 それがはっきり否定できないことが怖かった。
「・・・で、お前は何をしているんだ。寝室の前で」
 ソルはなにやら寝室の前に膝をつき、ごそごそやっている。
 後ろから覗き込んでみるが、目的は掴みかねた。
 何か、法力で術を施しているようだ、というのは分かった。
「人の家に、何を仕掛けているんだ」
 自分の家に罠を仕掛けられてはたまったものではない。
 止めようとソルの肩に手を掛けると、ちょうど目的を達した彼が立ち上がった。
「うわっ」
 バランスを崩したカイに、すかさずソルの腕が伸びた。
「・・・お前、いったい何をやったんだ」
 ソルがこの、妙に「してやったり」といった笑みを浮かべるときは、決まってよからぬことを企んでいる。
 それは今回も例外ではなかった。
 ソルはカイに答えるように、寝室のドアを開けた。
「なっ・・・!」
 そこにあった光景に、カイは自分の目を疑った。
 ベッドの上には、すぐ隣にいるソルと、自分がいた。
 鏡などではない。
 ましてや本物でも。
 ベッドの上のソルはカイを抱いて、こちらに鋭い視線を送ってきている。
 ――――ちょうど、アクセルが見たのと同じ展開が繰り広げられ、耐えかねたカイはソルに詰め寄った。
「何だあれは!?」
「俺以外の男が入ったら、あれが発動する」
「だからなんでそんなことをする必要がある! 今すぐやめろ!」
「誰か、入れる予定があるのか?」
「そんなの、あるわけないだろう!」
「だったら問題ねえだろ。それ以外は反応しねえんだ」
「それは・・・」
 問題ないように思えなくもない気はする。
 だが。
「っ!」
 目の前の光景に、思わずカイは赤面する。
「何であんなことをさせる必要がある! 他に入れない方法ならいくらでもあるだろう!」
「さあな」
「とぼけるな!!」
 大きな声で咎めても、暖簾に腕押し、まるでソルには届いていない。
「ああっ、もう! いい加減、早くこの映像を消せ!」
「ドアを閉めればいいだろ」
 言われて、カイは力いっぱいドアを閉めた。
 まだ顔のほてりが治まらない。
 鼓動を鎮め、改めてソルを睨む。
「馬鹿か! お前って奴はっ・・・」
 怒りでその後が続けられないカイに、ソルはさらりと言ってのける。
「そんな馬鹿と一緒にいたいんだろ」
「なっ・・・」
 虚を衝かれたカイが一瞬言葉を失った。
 しかしその直後、言い知れぬ怒りがふつふつと浮かんできた。
「お前っ! 本当に、いったいいつからいたんだ!?」
 もちろん、ソルからの答えはない。
 一人騒いでいる自分が馬鹿みたいで、カイはがっくり肩を落とした。
 ――――それでも、こんな奴と一緒にいたいなんて、私はどうかしている・・・。
 そんなことを思いながら、大きく深くため息をついた。


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