paradox
2
「どうぞ、ホットミルクです。少しは落ち着きますよ」
突然の訪問者には慣れていたカイだったが、アクセルの来訪は滅多になかっただけに、軽く驚きを覚えた。
それだけではなく、アクセルはカイの顔を見るなり、ほっとしたような、何か不吉なものでも見るような表情を浮かべたまま、黙り込んでしまったのだ。
とりあえず部屋に通したものの、いつもはつらつとしたアクセルは、暗く、重く沈んでいた。
何があったのか。
それを聞き出そうにも、あまりにもアクセルが茫然自失の体でうつむいているので、それもかなわなかった。
アクセルは差し出されたカップを受け取ろうとした。
そのとき、少しだけカイと指が触れ合った。
その瞬間。
「!」
カップは、思わず引っ込めたアクセルの手から滑り落ちていた。
「いけない!」
少しもあわてないアクセルに首を傾げつつ、カイは無理矢理アクセルを立たせると、キッチンの流しに引っ張っていった。熱いミルクのかかった手に、思い切り冷水をさらす。
「大丈夫ですか? 他にかかったところは?」
見たところ、手にかかった以外、どこも異変はないように見えた。
「・・・アクセルさん?」
いつまで経っても反応のないアクセルに、ようやくカイは疑問を口にした。
「いったい何があったというのです。いつものあなたらしくない」
その言葉に、ゆっくりとアクセルの視線がカイに向けられた。
そこでようやく我に返ったようだ。
「ご・・・ごめん」
「私は謝って欲しいわけではありません。むしろ火傷させたことには、こちらが謝らなければなりませんから」
「ううん・・・ごめん、大丈夫」
見るからに大丈夫ではないということは明らかだった。
「・・・何があったのか、話してくださいませんか?」
なるべく彼を刺激しないよう、そっとアクセルの手に触れる。
一瞬身を硬くした彼に、さらに言葉を重ねる。
「私はいつもあなたにはお世話になるばかりで、少しも恩返しができていません。私では信用が置けませんかもしれませんが、どうかお願いします。お力になれないでしょうか」
じっと見つめる先で、ようやく弱々しくはあるが、アクセルが笑みを浮かべた。
「そんな・・・俺なんて、本当に何もしていないのに」
「いいえ。いつも感謝しています。私とソルのことを一番良く理解してくださっているのは、あなたですから」
ソルの名が出たとたん、アクセルの身が硬直するのが分かった。
「もしや、あなたの悩みの種は、ソルですか?」
「あ・・・いや・・・」
「ごまかしても駄目ですよ。視線が泳いでいます」
じっとアクセルを見据え、カイは辛抱強く彼の口から出る言葉を待った。
一方のアクセルはといえば、先ほど見た光景がまだ生々しく脳裏に焼きついて、事情を説明しようにも、言葉が見つけられないでいた。
どう説明すればよいのか、さっぱり見当も付かない。
今目の前で心配してくれている人物の死に顔を見てしまったのだ。
そんなことを聞かされて、カイだっていい気分はしないだろう。
――――しかも、旦那に殺されたなんて・・・。
それこそ説明の仕様がなかった。
「・・・・・・」
そこで漏れたため息は、果たしてどちらのものだったろう。
すっかり黙り込んでしまったアクセルからの答えをこれ以上無理矢理求めるのは、なにやら酷な気がして、とりあえず火傷の手当てのため、もう一度カイはアクセルをリビングに誘った。
怪我の手当ては手馴れたものだ。
あっという間に薬を塗ったガーゼを当て、包帯を巻いた。
その間中、アクセルは相変わらず青い顔で口を閉ざしていた。
「はい、どうぞ」
「あ・・・ありがとう」
礼を口にはするものの、カイとは目を合わせようとしない。
それがカイにはつらかった。
アクセルにはいつも世話になっている、というのはお世辞ではない。
いつもいつも、落ち込んでいる時には必ず相談に乗ってくれる。
彼に自分の秘密がばれたのは、ひどくつまらぬきっかけだったが、今ではその偶然にも感謝している。
そんな彼だからそこ、逆に彼が悩んでいるときには力になってあげたいと思うのだ。
普段明るいだけに、彼の落ち込んでいる姿は見ているのもつらい。
カイがひっそりとため息をついたときだ。
「ねえ・・・」
意を決したようにアクセルが顔を上げた。
「はい」
「ひとつ、聞いてもいいかな」
「そうぞ」
やや上目遣いでカイを見ると、彼は覇気のない声でポツリと問うた。
1へ or 3へ or ギルティページへ戻る