オフの日 その3
「たっっ、大変だよ!!」
血相を変えてジョニーの元に駆け寄ってきたのは、クルーの一人、エイプリルだった。
「ちょっとちょっと!」
他のものには聞かれたくないのか、エイプリルは興奮冷めやらぬ様子で、ジョニーの腕を引っ張った。
他のものたちは今夜の夕飯のために、めいめい好いた山菜やらきのこやらを採集している。
それをこの宿で調理して出してくれるのだそうだ。
宿の裏手の山は、まさに宝の宝庫だった。
そんな和やかな場に、エイプリルのあわてようは不似合いだった。
「どうした、メイはいたか?」
一人別行動のメイの様子を見に行ったエイプリルは、誰も聞いていないことを確認して、いぶかしむジョニーの耳元でとんでもないことを言った。
「どうしよう! メイが一線を越えちゃった〇!」
「は・・・はあっ?」
思わず大きな声を出したジョニーの口をあわてて押さえ、再度誰もいないことを確認して、エイプリルは続けた。
「さっき大浴場を見に行ったら、警察機構の人が出てきたんだよ!」
「警察機構って・・・あの石頭か?」
「そう、金髪で綺麗な顔した。で、何だか人目をしのぶような感じで、戻っていったんだけど、なんとその時間帯、女湯専用になっていたんだよ」
「何!? あいつ、女湯に入っていたってのか?」
「時間帯を間違えたのかも。あわててたし」
そこまで聞いて、ジョニーは嫌な予感がした。
「・・・まさか、中にメイがいたのか?」
「そうよ!」
良くぞ聞いてくれましたとばかりに、エイプリルがずいと身を乗り出す。
「見たら中でメイはぼうっとしてたわ。いちおう警察機構の人との事を聞いておこうとしたら、ここには誰も来ていない、なんていったのよ、あの子。でも、あたしはちゃんと見たの。その場は納得したように見せたけど・・・」
じっとジョニーを見つめながら、エイプリルはとどめの一言を放った。
「明らかに二人はあそこで遭遇しているわ」
きらり、と黒眼鏡に一筋光が差したことを、エイプリルは見逃さなかった。
「元はといえば、ジョニーとメイがけんかして、メイは一人でお風呂に行ったんじゃない。もしものことがあったとすると、ジョニーにだって責任があるんだからね!」
些細なことがきっかけで言い争いが起き、ジョニーもメイも意地を張った結果、メイだけ単独行動をとったのだ。
そのほうがカイにとっては幸いだったのだが、ジョニーは違った。
「・・・・・・部屋、分かるか?」
「うん! 女将さんから聞いてあるよ!」
ジョニーは部屋を聞き出すと、恐ろしいスピードで山を下っていった。
「・・・なんでお前がここに」
離れの部屋に戻るや、その場でくつろいでいた人物と遭遇して、カイは目を見張った。
「お前も招かれていたのか、ソル」
名を呼ぶと、ソルはごろりと横たえていた身を起こした。
「・・・あの執事め」
「? どうしたんだ」
小さくした打ちしたソルに、カイは首をかしげる。
まさか、カイのことで話がある、となどいう単純な理由で、いとも簡単にあの執事に呼び出されてしまったなど、口が裂けてもカイには言えなかった。
答えがないことにあきらめたのか、カイはソルの隣に腰を下ろした。
「・・・まあ、いい。お前もいるんだったら、それはそれで」
先ほど冷めかけた気持ちが、ソルを前にしただけで、再び弾みだしたように思えた。
「大浴場はどうだった?」
「ああ、広くて良かったが・・・」
カイは、メイシップのクルーがこの宿に来ていることを告げた。
「どうせ人などいないと思って、変装していなかったのが間違いだったが・・・とにかく、彼らが帰るまでは、ここでおとなしくしているさ」
「そうか」
ずいと、ソルは身を寄せてきた。
「な、なんだ?」
「一緒に時間つぶしに付き合ってやろうっつってんだ」
「だからってどうして手を腰に回して来るんだ!」
「やることなんぞ、決まってるだろ」
「さも当然といわんばかりに言い切るな!」
おとなしくしろ、ふざけるな、といった言い争いをしていた二人だが、
「――――?」
ふと、すさまじい足音に首をかしげた。
それは確実にこちらに向かってきているのだ。
「・・・? 誰だろう」
乱れた浴衣の襟元を正すと、カイは立ち上がろうと入り口のほうへ体を向けた。
そのときだ。
「邪魔するぜ」
何のためらいもなく、見覚えのある人物が飛び込んできた。
その人物に、カイは軽くめまいを覚えた。
「ジョニーさん・・・ど、どうしたのですか」
部屋でおとなしくしていたのにもかかわらず出会ってしまったことに、カイの動揺は激しい。
ジョニーはずかずかと部屋に入ってくると、さらにとんでもないことを言ってきた。
「アンタ、うちのメイに手を出したのか?」
「え・・・ええっっ!?」
何故そういう話になっているのか。
カイの混乱は極みを見た。
「馬鹿なこと言わないでください。どうしてそのようなことに・・・」
「そうだよ! だから違うって言っているのに!」
今まで気が付かなかったが、ジョニーの後ろにはメイもいた。
「もう、何でそうなるのさ! ボクはジョニー一筋だって言っているのに!」
「そうですよ。メイさんはあなたを思っているんじゃありませんか。どこをどうしたら私とメイさんがくっつくのですか」
「・・・風呂」
ポツリとつぶやいたジョニーの声に、カイとメイははっとして顔を見合わせた。
それがジョニーにさらなる誤解を与えてしまった。
「やっぱりお前たち、そういう関係だったのか・・・」
くらりとめまいを起こしたジョニーだったが、すぐに我に返るとすさまじい勢いでカイに詰め寄った。
「アンタ、うちのメイに手を出したってことは、責任とってくれるんだろうな?」
「責任、といっても・・・」
何もなかったのだから、責任も何もない。
ただ浴場でばったり会っただけ。
しかし、カイが女だと知らないジョニーは「ただ」、「だけ」で済まされる問題ではない。
「メイ。お前の気持ちは汲んでやりたいが、相手は天敵だぞ。悪いことは言わない。風呂でのことは犬にかまれたと思って忘れるんだ。そしてこんな男のことは忘れてしまえ」
「ジョニー! 違うんだってば!!」
これ以上誤解されるのにいたたまれなくなったメイが、意を決したように大きな声を上げた。
「そんなんじゃないよ! だって、この人はっ・・・」
「め、メイさん!?」
勢いに任せて秘密をばらしそうなメイに、カイはさっと顔色を変えて、思わず言葉を挟んだ。
だが、彼女は思いがけない言葉を続けた。
「だって、この人は時間間違えてお風呂に入っちゃったのを、秘密にして欲しいって頼んだだけだもん! ちょうど着替え終わったところに鉢合わせたから、びっくりしたけど、本当に何もなかったんだから!」
「えっ・・・」
奇しくもカイとジョニーの声が重なった。
しかし、すぐにメイの言わんとしていることを汲み取ったカイは、大げさなほど取り乱して見せた。
「メイさん! あれほど秘密にと・・・!!」
「あの時はそう言ったけど、ジョニーの誤解を解くためなんだから、仕方ないでしょ!」
「それはそうですが・・・」
打ち合わせしたわけではないのに、ここまで息が合うのだから、ピンチのときに発揮される底力というものは侮れない。
カイが女であることをばらさず、ジョニーの誤解を解く。
目的を同じにした二人の底力は本物だった。
二人のやり取りを聞いていたジョニーが、ふっと肩の力を抜いたのだ。
「・・・エイプリルの奴」
情報源の少女を思い浮かべ、苦虫を噛み潰したような表情を作る。
「・・・分かってくれた?」
「ああ」
決まりが悪そうに目深にかぶった帽子の合間から、どこか安堵の色を見せたジョニーに、カイはふと笑みを漏らした。
「これで、誤解は解けましたね」
「ああ・・・だが、アンタが時間を間違えたのが原因だろ。もし鉢合わせたらどうするつもりだったんだ」
「それは・・・申し訳ないことをしたと思っています」
神妙にうなだれると、ジョニーもそれ以上追究しては来なかった。
「じゃ、帰るぞ」
「うん!」
二人は来たときとは違い、仲良く肩をならべて帰っていった。