ハイスクールパラダイス

 第五話







「あれ、カイちゃん・・・」
「あ・・・アクセルさん?」
 屋上への階段を駆け上るところで、上から来たアクセルと鉢合わせた。何故かアクセルは必要以上に驚いている。
「なっ・・・、え? カイちゃん、旦那のこと、諦めたんじゃなかったの?」
「いえ、あの、諦め切れなくて・・・って、どうしてアクセルさんがそんなことを・・・」
「だって今日は全然来なかったし、旦那も機嫌悪いし、何より――――」
「?」
 アクセルは慌てて口元を押さえた。何かまずいことでもあるのか。
 本能的に何か悟ったカイは、それがソルと何か絡んでいるかもしれないと言うことも手伝って、がっしりとアクセルの両肩を掴んだ。
「何かあるんですね。何があるんですか」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて、カイちゃん!」
 肩をがくがくと揺らされ、頭が真っ白になりかけているアクセルは、とにかくカイを落ち着かせようと必死だ。
「あ、すみません」
 やっと開放されたときには、アクセルだけ息が切れていた。
 呼吸を整え、ぐらぐらした頭を鎮める。立ち直った長髪の青年には真剣な表情が浮かんでいた。
「・・・・・・」
 いつもは笑って通してくれる屋上への階段。
 だが、今日に限ってアクセルはここをとおさじとしている。まるで門番だった。アクセルは一体何を知っていると言うのか。この先に何があると言うのだろう。
 何も分からないカイにはとてももどかしかった。
「教えてください。どういうことなのか」
 自分でも分からない。どうしてこんな焦燥に駆られているのか。
 ソルのことが知りたい。
 それだけなのに、激しく心が動いて冷静になれない。
 自分が知らない彼の面を、他の誰か知っているというのが許せなかった。
 だからといってここまで焦燥に駆られるのか・・・それは我ながら不思議だった。
「お願いです。あなたの知っていることを教えてください」
「・・・もしさ」
 カイの問いには直接答えず、逆に問い返してきた。
「もし、それを知っちゃったら、きっと知らない頃には戻れないとするよ。何があるのか分からないし、旦那との仲だってどうなるか分からない。それでも、知りたい?」
「!?」
 恐ろしいくらいアクセルは暗い眼をしている。いつも明るく笑顔を振りまいている彼からは想像もできない。まっすぐにカイの両目を射抜いていた。
 一瞬たじろぎ、息を呑んだカイであったが、
「構いません」
 そういってアクセルを見返す彼女もまた、並々ならぬ空気をまとっていた。
「たとえどうなろうと、今の中途半端なままよりずっとましです。私は彼のことが知りたいんです」
「それって、生徒会長として?」
「・・・分かりません」
 唇を噛み、しばしの間をおいた後、カイは正直に首を振った。
「私がどうしてこんなに彼のことを知りたいと思うのか。私にも良く分からないんです。最初は確かに生徒会長としての責任感から動いていました。でも今は、それだけではないような気もします。昨日からずっと彼のことを考えているんです。こんな気持ち、初めてで・・・」
「・・・そう」
 アクセルはうなずくと階段の手すりに寄りかかった。そして、
「どうぞ」
 にっこりとカイの行く手をあけた。
「アクセルさん・・・?」
「ごめん。別に試したわけじゃなくて・・・あ、試したことになるのかな、これって。とにかく、多分カイちゃんなら良いと思う」
「?」
 何を言っているのだろうかと怪訝な顔をするカイに、いつもの調子に戻ったアクセルは慌てて手を振った。
「行ってみれば分かるよ。脅してごめんね。んじゃ、またね」
 いそいそと駆け下りていくアクセルを、いまいち釈然としない様子で見送ったカイだったが、とりあえず道は開かれた。行けば分かると言うならば行くのみだ。もとよりそのつもりだったのだから。
 カイは急く気持ちを抑えて階段を上った。



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