ハイスクールパラダイス

 第七話







 ソルの秘密を知った翌日。授業の始まるまでにはまだずいぶんと時間がある時分。
「ソル・バッドガイという生徒は、この学校始まって以来の秀才でね」
 この学校の理事長であるスレイヤーは、こう切り出した。
「何をやらせてもそつなくこなしてしまう。だからなのか、それとも彼の性格なのか、対人関係に甚大な支障があったんだ。教師を教師とも思わないから、教師受けも悪く、さらに授業も出ていなかったことから、単位を与えることに抵抗をしめす教師が多かった。当然かもしれないね。授業には参加しないくせに、テストをやらせればどの生徒よりも良い成績をとってしまう。
――――反感が多かったことは、君にも想像できるだろう」
 皮製の上等な椅子にゆったりと身を沈め、理事長は重々しく息を吐いた。
 他の教室と同じ校舎にあるのかと疑いたくなるほど、この理事長室は立派なつくりだった。職員室とも校長室とも違う、独特な雰囲気がある。それはまるでこの部屋の主の影響を色濃く反映しているようだ。自然と背筋が伸び、妙に神妙な面持ちになる。
「彼は毎日学校に来てはいたが、殆どの時間をあの屋上で、つまらなそうな顔をして過ごしていたのだ。私は教育者として、彼をこのままにしておいてはいけないと思った。それに、教師たちをなだめることも必要だった。
 だから、あんな条件を出したのだよ。
 屋上から彼を連れ出せるものが現れたら、卒業を認めようと」
 淡々と語るスレイヤーの口元に苦笑いが浮かんだ。
「こんなこと、普通は許されるはずがない。大問題になりかねないからね。
 だが、彼はこの条件を飲んだ。そしてずっとあの屋上で、条件を満たしてくれる人物の出現を待っている」
 モノクルの奥の目は、この場にいない件の人物へと向けられている。
「正直、あそこまで彼が大人しく従うとは思っていなかったよ。・・・もしかしたら、彼も、彼の空虚な心を埋めてくれる人物を待っているのかもしれない。だから、私は今までも幾度と彼の元に、これはという生徒を向かわせた。結果は――まあ、言わなくても分かるね。
 だが・・・」
 そこでいったん言葉を区切ってから、スレイヤーは少し身を乗り出した。
「私は、君こそ条件を満たせる人物だと思う。ここまで粘った生徒は今までいなくてね。これで彼もきっと…」
「あの、理事長先生」
 スレイヤーの話をじっと聞いていた女子生徒が、初めて口を開いた。眼鏡の奥で理知的な瞳が理事長を窺うように、彼の目を捉えて離さない。
「ん? 何だね」
「どうしてもひとつお伺いしたいのですが・・・」



 相変わらず、屋上は寒かった。思わず肩を抱きたくなるような風もある中で、カイはソルに向かってこう宣言した。
「私、あなたの説得を諦めようと思います」
 今までにないほどさわやかな一言だった。
 陰で様子を窺っていたアクセルは思わず「えっ?」と言う声を上げそうになり、慌てて手で押さえた。
 偶然ではあるが、アクセルもソルが何故この屋上から離れないのか、その理由を知っていた。たまたまスレイヤーとの会話を聞いてしまったと言う、カイとあまり変わらない状況であったが、それ以降何かとソルの周りにいることが多かった。秘密を知ってしまったということが、彼にある種の責任感を抱かせたのだ。
 だからこそ、カイの説得がうまくいけば良いと願っていた。
 実際、アクセルの知る限りでは一番うまくいっていたのだ。
 それなのに。どうして。
 本来ならばまずソルが抱くであろう疑問を、ぐるぐる頭の中で考えていると、カイの次の言葉が聞こえてきた。
「あ、いえ、あの、一生諦めると言うわけではなくて、卒業式が終わるまではやめようと思うんです」
 一向にこちらを見ようとしないソルに、カイは慌てて弁解を加えた。少しくらい驚かせようなどと思ったのが間違いだったらしい。逆にこちらの胃が痛くなってしまった。
「理事長先生に伺ったら、今条件を満たすと、あと数ヶ月先に迫った今年度の卒業式に間に合ってしまうと言うので、その・・・」
 あ、なるほど。アクセルはぽんと手を打った。
「私はできたらあと一年あなたと一緒に学校生活を送って、一緒に卒業したいんです」
 やっと少しずつ話が出来るようになったと思ったら、もう卒業、というのはカイにはやりきれなかった。
 それに、ソルと一度も机を並べずに別れてしまうのが勿体なくもある。
 何より、少しでもソルと一緒にいたかった。
 だから――――
「お気を悪くされたらすみません。でも、私は・・・」
「・・・・・・」
 言葉を濁したカイに合わせるかのように、ソルはこちらに視線を向けた。
 そして、一言。
「勝手にしろ」
 そう言うとまた、カイに背を向けて転がってしまった。
 言葉こそ乱暴なものの、今まであったとげのようなものは全くなかった。
 カイの胸に安堵感が広がるとともに、自然と口元には微笑が浮かんだ。
 離れたところで見ていたアクセルの表情も明るい。
「はい。では、そうさせていただきます」
 ソルの頭の近くで正座をしたカイは、改めて深々と頭を下げた。
 新しい生活の始まりを、はっきりと感じながら――――



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